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欧州 新排ガス規制ユーロ7 ~ 電動化を見すえた新たなルール

2021年11月に欧州委員会(以下 EUとする)が次期排ガス規制案を発表しました。自動車から排出される二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOx)などの有害物質の上限値を定めています。この規制に適合しないと、EU域内で自動車を販売することができません。これまで、ユーロXとして施行されてきましたが、今回の規制は「ユーロ7」と呼称されています。今後、EU議会での承認と立法手続きがなされますが、自動車関連の団体から多くの異論が提起されています。本稿では、最初に排ガス規制の歴史を米国、日本、中国など国別に述べます。排ガスを浄化する三元触媒や尿素SCRシステムについても触れます。その後に、EUでの規制の歴史を紹介します。次にユーロ7の概要について、特に今回の規制案で新たに追加された項目について解説します。欧州委員会の公表資料を元に要点を説明し、今まで(ユーロ6)とユーロ7で具体的な規制値がどう変わるかを比較します。最後にユーロ7に関連した計測器を紹介します。

《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。また、記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。》

排ガス規制の歴史

環境基本法※1によると、公害として定義されているのは、大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭の合計7つです。その中で、自動車の排気ガスが大きく影響しているのが大気汚染です。自動車の普及とともに、公害として大きな問題となりました。

※1

法令検索(e-GOV) で閲覧できる。

1 米国の規制強化

米国のカリフォルニア州ではスモッグに悩まされていました。最初に法制化されたのは、1963年の「クランクケース・エミッション規制」と言われています。クランクケース内にたまった未燃焼ガス(ブローバイガス)を大気に放出することを防ぐバルブの装着を義務化しました。このバルブはPCV(Positive Crankcase Ventilation)バルブと呼称され、現在の自動車でも装備されています。ブローバイガスをインテークマニホールド※2からエンジン内へ吸入させるように作動します。その後も、規制が強化され、1963年「大気浄化法」、1970年「大気汚濁防止法(通称マスキー法)」が制定され、本格的な排ガス規制が適用されてきました。マスキー法はCO、HC、NOx※3の排出量を従来の1/10にする規制値が設定され、世界中の自動車メーカでは達成不可能と評価されていましたが、ホンダがCVCC(Compound Vortex Controlled Combustion)で適合させたのは、周知の通りです。

※2

エンジンに空気を送りこむパイプ類の総称

※3

CO:一酸化炭素、HC:炭化水素、NOx:窒素酸化物

米国では、大気汚染が深刻であったカリフォルニア州の大気資源局(CARB:California Air Resources Board)が特に厳しい規制を定めています。米国全体では、カリフォルニア州の規制を採用している州と、米国環境保護庁(EPA:Environmental Protection Agency)が定めている連邦排ガス規制を採用している州があります。1978年に制定された「CAFE(Corporate Average Fuel Efficiency)規制」では、メーカ毎に平均燃費(二酸化炭素の排出量)を算出し、年間の販売台数などから基準値を設定し、超過した場合は罰金が科せられます。EUや日本でも採用されています。なお、2022年4月に米国バイデン政権が提案した規制はメーカ平均値のCAFEでなく、2026年からの新車となっているので全ての車種で適合することは更に厳しくなります。既存車種の状況は、トヨタ・プリウス、トヨタ・カローラ・ハイブリッドはCAFE規制値を達成しています。

2 日本の規制強化

日本の排ガス規制は1966年の「CO濃度規制」です。当初は行政指導でしたが、1968年に正式化されました。1973年に排ガス規制の3成分(CO、HC、NOx)が設定されました。その後も、規制値が強化され、1974年に「ディーゼル車の規制」、1978年の「三元触媒の適用」、2000年の規制値大幅強化となり、現在の規制値に近い設定となりました。2003年には東京都のディーゼル規制に対応する粒子状物質(PM)が規制化されました。

3 欧州の規制強化

1992年の「ユーロ1」から始まり、2014年から「ユーロ6」が適用されています。2022年11月に「ユーロ7案」が公表され、今後、立法化の議論が始まります。「ユーロ7」について、次節以降で解説します。

4 中国の規制強化

中国の排ガス規制はEUの規制を参考にしているとされています。今後の方向性は、「脱ガソリン、EV化」です。2023年7月から新基準の「国6B」が施行されます。「ユーロ6」よりも厳しいようです。規制に合致しない車両の生産、輸入、販売が禁止されます。

排ガスを浄化する方策

ガソリンエンジンの排ガス規制は基本的に3つの有害物質(CO、HC、NOx)を対象としています。図1は排ガス浄化システムの基本構成です。これらの有害物質を浄化する決め手は「三元触媒」で「CO、HC、NOx」を「CO2、H2O、N2」へ変換します。三元触媒は、貴金属の白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)などが使用されます。三元触媒の浄化特性を効率化するために、燃料と空気の混合比(空燃比:λ)を適切に制御することが必要です。空気量を図るエアフロメータやその他のセンサ情報により、空燃比の状態を検出するO2センサの信号が空燃比14.7となるように、インジェクタによる燃料の噴射量を制御します。図2は空燃比と浄化率の関係を示します。COとHCの浄化率を高めると、NOxの浄化率が低下する特性となります。この特性を補うために、排気ガスを還流し吸入させることで、燃焼温度を低下させるERG(Exhaust Gas Recirculation)システムが採用されています。

図1 三元触媒方式の排ガス浄化システム
図1 三元触媒方式の排ガス浄化システム
図2 三元触媒の浄化特性
図2 三元触媒の浄化特性

ディーゼルエンジンはガソリンエンジンと異なり、NOxと粒子状物質(PM)の発生が多くなるため、三元触媒を使用できません。HCやCOを浄化する酸化触媒とPMを捕えるフィルタ(DPF:Diesel Particulate Filter)、NOxを処理する触媒が組み合わされます。NOxを浄化する方法として、尿素SCRシステム(Selective Catalytic Reduction)が採用されています。排気ガス中に尿素水を噴射すると、熱により、CO2とNH3に分解されます。その後の触媒でNOxが窒素と水に分解されます。図3はディーゼルエンジンの排ガス浄化システムの例です。

図3 ディーゼルエンジンの排ガス浄化システム
図3 ディーゼルエンジンの排ガス浄化システム

ユーロ排ガス規制とは

排ガス規制は、一酸化炭素(CO)、窒素酸化物(NOx)、炭化水素類(HC)、黒煙などの物質の排出上限を定めるものです。問題となる物質がガソリンとディーゼルで異なるため、それぞれで規制を設けています。欧州での規制はユーロXとして1992年に制定されました。表1はユーロXの歴史です。なお、ユーロ5、6には細かいレビジョンが導入されています。

表1 ユーロXの歴史
ユーロX 導入年
ユーロ1 1992
ユーロ2 1996
ユーロ3 2000
ユーロ4 2005
ユーロ5 2009
ユーロ6 2014
ユーロ7 2025提案

ユーロ6まではユーロ6/Ⅵと呼称され、乗用車はアラビア数字、商用車はローマ数字で表記されています。

図4はガソリンエンジンに対する、CO、HC、NOxの規制値の経緯です。近年の改訂では大幅な強化はなされていません。図5はディーゼルエンジンに対する、各成分の規制値ですが、大幅に強化されていることが分ります。

図4 ユーロX 排気ガス規制経緯@ガソリンエンジン
図4 ユーロX 排気ガス規制経緯@ガソリンエンジン
図5 ユーロX 排気ガス規制経緯@ディーゼルエンジン
図5 ユーロX 排気ガス規制経緯@ディーゼルエンジン

ユーロ7の概要

ユーロ7では、これまで乗用車とバンとを個別に定めていた排ガス規制が乗用車、バン、バス、トラックに対して単一の規制を適用します。また、車両がガソリン、ディーゼル、電動駆動、代替え燃料を使用するかどうかに関わりなく同じ制限が設けられます。適用時期は、乗用車やバンは2025年7月から、バスやトラックなどの大型商用車は2027年7月からとされています。ユーロ7が制定される背景には、EUの内の合意事項「2035年までに、すべての新車をゼロエミッション車にする」が存在しています。ユーロ6までは、継続生産車に対する猶予期間が設定されていましたが、ユーロ7では、全ての機種が対象となります。自動車メーカにとって、開発期間や開発投資が課題となるでしょう。また、一部の規制では、テスト方法が定まっていない事項があるようです。開発に着することができないことも問題です。規制物質の値そのものは、基本的にユーロ6を踏襲していますが、試験方法が従来の試験室から、実環境の路上走行試験が導入されるので、規制値をクリアする難易度は高くなります。

1 ユーロ7の改訂趣旨

欧州委員会が公表した資料によると、改訂の趣旨は次の通りです。「道路輸送は、都市の大気汚染の最大の原因です。新しいユーロ7は道路上に、よりクリーンな車両を確保し、大気質を改善し、市民の健康と環境を保護します」。また、ユーロ7の導入による効果を強調しています。欧州委員会の公表資料によると、

すべての新⾞からの⼤気汚染物質の排出をより適切に制御
路上排出ガス試験の対象となる運転条件の範囲を広げることにより、これらは、最⾼45℃の気温や毎⽇の通勤に典型的な短距離移動など、ヨーロッパ全⼟で⾞両が経験する可能性のあるさまざまな条件をより適切に反映するようになります。

汚染物質の排出制限を更新して強化
トラックとバスの制限は強化されますが、乗⽤⾞とバンには、⾞両で使⽤される燃料に関係なく、既存の最低制限が適⽤されます。新しい規則は、⼤型⾞両からの亜酸化窒素の排出など、これまで規制されていなかった汚染物質の排出制限も設定します。

ブレーキとタイヤからの排出物を規制
排気管からの排出物規制を超えて、ブレーキからの粒⼦状物質排出に対する追加の制限と、タイヤからのマイクロプラスチック排出に関する規則を設定する初の世界的な排出基準となります。これらの規則は、電気⾃動⾞を含むすべての⾞両に適⽤されます。

新⾞を長期にわたり、きれいな状態に保持
すべての⾞両は、これまでよりも⻑期間にわたって規則に従う必要があります。乗⽤⾞およびバンの適合性は、これらの⾞両が200,000キロメートルおよび10年経過するまでチェックされます。これにより、Euro 6/VI規則に基づく耐久性要件(100,000キロメートルおよび5年)が2倍になります。バスやトラックでも同様に長期化が⾒込まれます。

電機気⾃動⾞の導⼊を⽀援
電気⾃動⾞に対する消費者の信頼を高めるために、乗⽤⾞やバンに搭載されるバッテリの耐久性を規制します。これにより、⾞両の寿命の早い段階でバッテリを交換する必要性も減り、バッテリの製造に必要な新しい重要な原材料の必要性も減ります。

デジタルの可能性を最⼤限に活⽤
⾞両が改ざんされていないことを保証し、⾞両内のセンサを使⽤して⾞両の耐⽤年数を通じて排出量を測定することで、簡単な⽅法で排出量を管理できるようにします。

消費者への影響
消費者への影響は少ないでしょう。排出削減は、既存の技術で達成されることが期待されています。コストの影響は中程度です。自動車では90ユーロから150ユーロ、バスと大型トラックでは約2600ユーロが予想されます。

2 具体的な規制値

1)排ガス規制値

ユーロ7の代表的な規制値について乗用車を例にして旧規制ユーロ6dとの比較を表2にまとめました。アンモニア(NH3)規制が新規に追加され、ガソリン車、ディーゼル車の規制値が一本化されました。

表2 ユーロ6dとユーロ7の排ガス規制値
規制物質 ユーロ6d ユーロ7
ガソリン ディーゼル ガソリン ディーゼル
一酸化炭素CO(mg/km) 1000 500 500
全炭化水素THC(mg/km) 100 - 100
非メタン炭化水素NMHC(mg/km) 68 - 68
窒素酸化物NOx(mg/km) 60 80 60
アンモニアNH3(mg/km) - - 20
粒子数PN(個/km) 6×1011 6×1011 6×1011 *
微小粒子状物質PM(mg/km) 4.5 4.5 4.5
* 粒子径23nm以上から10nm以上へ強化

2)排ガスシステムの耐用年数

耐用年数とは、自動車メーカーが製品を設計・製造する時に、車両の走行期間・走行距離内で排出規制及び性能条件を満たす必要がある期間です。

  • 主な耐用年数:8年又は走行160,000 kmのいずれか早く到達する方
  • 追加の耐用年数:10年又は走行200,000 kmのいずれか早く到達する方

3)ブレーキからの微小粒子状物質PM排出量

  • 2034年12月31日まで:7mg/km
  • 2035年1月1日以降:3mg/km

4)タイヤからのマイクロプラスチックの排出

今回、新規に採用された規制ですが具体的な数値は今回の提案で発表されていません。欧州委員会は、2024年末までにタイヤの摩耗限界に関する測定方法と最新技術を検討し、報告書を作成する予定となっています。

5)電動車のバッテリ性能要件

バッテリ容量の劣化を規制します。対象は電気自動車およびプラグインハイブリッド車です。

  • 5年もしくは100,000kmのいずれか早く達成した時点:容量の80%以上を保持
  • 8年もしくは160,000kmのいずれか早く到達した時点:容量の70%以上を保持

図6、図7は欧州員会が公表したユーロ7の概要資料です。

図6 ユーロ7の概要
図6 ユーロ7の概要

出典:欧州委員会の資料を抜粋

図7 ユーロ7とユーロ6との比較
図7 ユーロ7とユーロ6との比較

出典:欧州委員会の資料を抜粋

3 関連団体の反応

ユーロ7の改定案に対して、関連団体などが多くの異論を提起しています。また、欧州内で反対を表明している国もあります。代表的なものを紹介します。

  • 製造コストの増加分はEUの想定よりも10倍近く高くなる。環境上のメリットは車両のコスト増に比べて限定的
  • 技術開発とテストを可能にするためには、技術的な詳細を早期に確定する必要がある。少なくとも24か月必要
  • 採用プロセスの遅れが、新しい基準の実施と大気質の改善への貢献の遅れにつながる可能性
  • 乗用車の適用を2025年まで、トラックを2027年までに適用することは、ほとんど不可能

関連計測器の紹介

ユーロ7に関連した計測器の一例を紹介します。

図8 ユーロ7に関連した計測器の例
図8 ユーロ7に関連した計測器の例

その他の製品や仕様については 計測器情報ページ から検索してください。

おわりに

カーボンニュートラルに向けた先進的な排ガス規制であるユーロXは欧州域外の中国、インド、韓国などでも採用されています。今後もより強化される規制内容になることが推察されます。今般のユーロ7がどのように制定されるかによって、自動車の開発、生産、販売に影響するので、注視が必要です。


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