車いすと福祉車両 ~ バリアフリ社会へ向けて ~
平成18年(2006年)に施行された「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」※1、いわゆる「バリアフリー法」以来、公共の建物や交通機関のバリアフリ化が大きく進展しました。さらに、モビリティ(mobility)※2としての高齢者や障害者を支援する移動手段である車いすや福祉車両を目にすることが増えたと実感できます。車いすや福祉車両は「誰もが暮らしやすい社会」※3の実現に向けたツールの1つとして必要不可欠なものです。内閣府が公表しているデータ※4によると、身体障害者は436万人です。また高齢者人口の増大に伴い、車いすや福祉車両の需要はますます高まっていくものと推察されます。
法令の条文は法令検索(e-GOV)でご覧ください。
可動性、移動性、流動性を意味します。さまざまな移動手段が連携され持続可能な社会の実現に貢献。
内閣府は「ユニバーサル社会実現推進法」を定めて諸施策を推進。
令和4年度版 障害者白書(令和4年版障害者白書(全体版) - 内閣府 (cao.go.jp))
本稿では、最初に車いすの歴史(一輪車や二輪車が障害者に使われた例)を紹介します。その後に、障害者に関するマーク(国際シンボルマーク、身体障害者マーク、聴覚障害者マーク)を紹介します。次に、福祉車両、車いすの種類や構造を概説します。手動(介助式/自操式)、電動(自操式)、競技用などです。さらに、車いすの販売実績、事故状況を示します。福祉車両として、昇降機、スロープなどの機能があるものや、障害者自身が運転する補助装置が装備された自走式の例を紹介します。主な関連団体を表にしました。最後に車いすや福祉車両に関連した計測器の例を示します。
《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。また、記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。》
車いすの歴史
車いすの基本要素である車輪は、古代メソポタミア文明の時代から使われていたと言われています。中国において、後漢の時代(25年~220年)には一輪車が使われていたようです。ヨーロッパにおいても1220年に完成したシャルトル大聖堂(フランス)のステンドグラスに一輪車が描かれているようです。

出典:"Choir of Chartres Cathedral" by string_bass_dave is licensed under CC BY-SA 2.0.
障害者を運んでいる記録としてはルーカス・クラナッハ(Lucas Cranach:ドイツ)が1546年に描いた「若返りの泉」に一輪車で障害者を運ぶ様子が描かれています。図2の左下をご覧ください。

出典:"Lucas Cranach the Elder, the Fountain of Youth, 1546, Gemaldegalerie, Berlin (4)" by Prof. Mortel is licensed under CC BY 2.0.
日本においては、土車(つちぐるま)と呼ばれる二輪の手押し車として最も古い記録は鎌倉時代の絵図に残されています。それら時代の一輪車や二輪車は土木や物の運搬を主な目的として使用されていましたが、障害者等の移動に使われたことは自明でしょう。その後、障害者用途の車いすへ発展していきますが、4脚のいすに車輪を付加した構造や操作性、安定性に優れた3輪の構造も採用されたようです。19世紀頃の呼び方は現在使われている「wheelchair」ではなく、「bath chair」や「invalid chair」などが使われていたようです。図3は「bath chair」の一例です。
車いすが産業として成り立つきっかけは米国での南北戦争と言われています。負傷者を救済するための需要が増したからと考えられます。当時の構成部品は木製が主でしたが、その後、鉄製の部材へ置き換えが進みました。20世紀にはいると米国で車いすの特許が考案されました。現在の車いすと同等な構造となっており、主な特徴は、軽量、折りたたみ式、大径の車輪、前輪は小型のキャスタなどです。この車いすを生産する企業が設立され、市場では独占状態だったようです。1980年代以降に独占状態が終わり、さまざまな企業が参入し現在に至っています。車いすの基本構造はかわっていないものの、機能性能の改善や、さらに利便性を高める電動化へ進化しています。
障害者に関連するマーク
障害者に関連するマークを目にすることが多くなっています。関連するマークの中で、自動車に関連するものについて解説します。
1 国際シンボルマーク
駐車場などで見かける車いすをイメージさせるマークです。国際リハビリテーション協会(RI)が定めたものです。「障害者が利用できる建築物、施設であることを明確に示す全世界共通のマーク」です。駐車場に車いすマークが表示されている場所は、車いすを必要とする方、足の不自由な方など障害のある方のための駐車場所と認識すべきです。障害のある方が車いすマークを車両に貼らなければならない義務はありません。個人の車に掲示することは、本来の主旨とは異なります。障害のある方が乗車していることを知らせる程度になります。貼っていることで、道路交通法等の規制を免れることはありません。また、障害者専用の駐車場を優先的に利用できる根拠ともなりません。障害者の送迎等で駐車禁止区域に停車していても駐車規制から除外される車両であることを示す「駐車禁止除外標章」を掲げておけば駐車禁止の取り締まり対象から外れます。但し、条件によっては駐車違反となる場合があることの留意が必要です。「駐車禁止除外標章」は諸々の条件を満たしたうえで公安委員会へ申請すれば交付されます。


2 身体障害者マーク
肢体不自由であることを理由に免許を交付されている方が運転する車に表示するマークで、表示することは努力義務です。危険防止等のやむを得ない場合を除き、このマークを付けた車に幅寄せや割り込みを行った運転者は道路交通法の規定により罰せられます。

3 聴覚障害者マーク
聴覚障害であることを理由に免許を交付されている方が運転する車に表示するマークで、マークの表示については義務です。危険防止等でやむを得ない場合を除き、このマークを付けた車に幅寄せや割り込みを行った運転者は、道路交通法の規定により罰せられます。

車いす
車いすを大きく分けると、1手動車いす、2電動車いすに分けられます。
1 手動車いす
手動車いすでは、1)自操式、2)介助式に分類できます。図8は手動車いすの基本構造です。

- ①手押しハンドル(グリップ、介助者用ブレーキ)
- 手押しハンドルは、介助者が車椅子を動かすための物です。ハンドルには介助者用のブレーキもついています。
- ②バックサポート
- 車いす使用者が寄りかかる背もたれの部分。
- ③ブレーキ(サイドブレーキ)
- 車椅子使用者自身が使えるブレーキは、車椅子を広げたり、たたんだりする際にも使います。
- ④ハンドリム
- 車椅子使用者自身が自走用の車いすを前に進めるときに使います。後輪の外側についている輪の部分です。
- ⑤ティッピングレバ
- 段差を乗り越えるときなどに介助者が使うのがティッピングレバです。足をかけて下に踏み込むと、車椅子の前輪が持ち上がる仕組みです。
- ⑥駆動輪とキャスタ
- ハンドリムを含めた車椅子の後輪部分を駆動輪、前輪の部分をキャスタといいます。キャスタは駆動輪より小さく、360°回転します。
- ⑦アームサポート
- 車椅子使用者のひじ掛けです。乗車中に楽な姿勢を保てるほか、立ったり座ったりするときや、車椅子から便座に移乗するときの支えにも使います。
- ⑧サイドガード
- 車いすに乗っている時、衣類が垂れ下がって、駆動輪に巻き込まれたり汚れたりするのを防ぎます。
- ⑨シート
- 車椅子使用者が腰かける部分です。
- ⑩レッグサポート
- ひざ下から足首までを支える部分です。
- ⑪フットサポート
- 足を乗せる部分です。
1)手動車いす(介助式)
介助者が操作するタイプです。使用者による操作はできません。

2)手動車いす(自操式)
介助者による操作だけでなく、使用者が自ら操作できるよう、駆動輪にハンドリムが具備された構造です。

3)競技用車いす
手動車いすの特殊な形態として、競技用があります。各種競技に特化した構造となっています。図11は陸上競技用、図12は球技用です。

2 電動車いす
電動車いすを分類すると、1)自操ジョイステック型、2)自操ハンドル形に分けられます。電動車いすの構造基準等は道路交通法施行規則で定められています。
- 長さ120cm、幅70cm、高さ109cmを超えないこと。
- 原動機として電動機を用いること。
- 時速6キロ以下であること。
- 歩行者に危害を及ぼすおそれがある鋭利な突出物がないこと。
- 自動車又は原動機付自転車と外観を通じて明確に識別することができること。
道路交通法において、「電動車いす」は「身体障害者用の車いす」に含まれ、「歩行者とみなす」と規定されています。よって、歩道があるところでは歩道を通行し、歩道がないところでは車道の右側を通行しなければなりません。一般の車両が車いすに対して幅寄せ等行為を行うと道路交通法によって処罰されます。なお、手動/電動車いすと歩行者との事故は交通事故として扱われません。
1)自操ジョイステック型 電動車いす
電動で駆動される車いすです。使用者が自らジョイステックレバーを操作して行います。

2)自操ハンドル型 電動車いす
使用者がハンドルを操作して行います。走行中の予防安全として走行前方の壁やポールなどの障害物を検知するセンサが搭載され、安全性の向上が図れたものも製品化されています。

車いすの出荷実績
図15は電動車いすも含めた出荷金額です。車いすや福祉車両の購入に対して、消費税の非課税やさまざまな優遇制度が適用されます。さらに、自治体による助成制度も用意されています。

出典:一般社団法人日本福祉用具・生活支援用具協会の公表データを元に作成
図16は電動車いすの国内出荷台数です。

出典:電動車いす安全普及協会の公表データを元に作成
車いす利用中の事故状況
図17は車いすおよび電動車いすの事故死傷者数の推移です。通常、交通事故として情報が収集され難く、また少々古いデータですが、高齢者社会を迎え、免許証の返納者が増加していることから、事故件数は増加傾向を示すと推察されます。

出典:警察庁の公表データを元に作成
福祉車両
福祉車両は「体の不自由な方や高齢者でも使いやすいように工夫が施された車両」です。分類すると、「介護車」と「自操車」とに分けられます。介護車は車両への乗り降りをサポートする機能が付加されています。車両のシートが回転したり、昇降したりする装備がつけられています。自操車は手や足が不自由な方が運転できるような装置が取り付けられています。代表的な装備を紹介します。
1 昇降シート機能
シートが車両の外へ移動し乗車を可能にします。

2 車いす昇降機能
車いすのままで車両への乗り降りが可能です。

3 スロープ機能
スロープにより車いすのままで乗降が可能です。

日本で最初の車いす専用バスは町田市で導入されました。町田市こども発達センタに展示されています。

4 自走式福祉車両
障害に対応した運転補助装置が装備されています。図22はハンドルがなく、両手で運転操作が可能な車両の例です。

図23は両手でハンドルやブレーキ、アクセルの操作が可能な車両の例です。

両上肢が不自由な方向けの運転補助装置として、1965年にEberhard Franz(ドイツ)が開発したシステムを導入した車両も販売されています。自操式福祉車両には、通常の乗用車と同様な安心安全を向上させる各種システム、例えば、衝突回避の自動ブレーキ、車線逸脱防止等が装備されています。
関連団体
車いすや福祉車両に関連した団体※5を紹介します。全てを網羅していないことを予め了承してください。
団体の区分等については、2023年10月30日公開「自動車関連団体の紹介 ~ 多くの組織に支えられている自動車」をご覧ください。
団体名 | 概要 |
---|---|
公益社団法人交通エコロジー・モビリティ財団 | 人と地球にやさしい交通を目指した事業を推進。バリアフリ事業、鉄道駅公共事業など。 |
一般社団法人 日本福祉車輌協会 | 福祉車輌を取り巻く環境を整備することにより、社会福祉の増進に貢献することを理念に活動。業界統一基準の設定、認定制度など。 |
社団法人日本福祉用具供給協会 | 福祉用具供給事業者に関する唯一の広域社団法人。教育・研修、調査研究など。 |
一般社団法人日本車椅子シーティング協会 | 車いす、姿勢保持装置に係る適合技術の研究、安全評価基準の策定など。 |
一般財団法人JASPEC | 福祉用具の製品試験など。 |
一般社団法人 日本福祉用具・生活支援用具協会 | 福祉用具、生活支援用具に関連する事業を推進。質の向上、評価に関する事業など。 |
公益財団法人 共用品推進機構 | 障害の有無、年齢、言語にかかわらず、ともに使える「共用品・サービス」の標準化、普及を推進。 |
一般財団法人製品安全協会 | SGマーク制度の推進。車いすにも適用。 |
公益財団法人テクノエイド協会 | 福祉用品に関する調査研究、情報提供、臨床評価、JIS・ISOへの規格案策定等を推進。 |
電動車いす安全普及協会 | 身障者用及び高齢者用の電動車いすにに関する事業を推進。会員企業は電動車いすの製造販売企業。 |
公益財団法人日本交通管理技術協会 | 交通管理に関する研究・普及及び自転車の安全利用に関する事業を推進。自転車のTSマーク付与事業、電動車いすの認定事業など。 |
一般社団法人 日本生活支援工学会 | 高齢者と障害者に係る学会や産業界、関係官公庁の連携・協力を図ることを目的に活動を推進。 |
関連計測器の紹介
車いす、福祉車両に関連した計測器の一例を紹介します。

その他の製品や仕様については計測器情報ページから検索してください。
おわりに
車いすや福祉車両は、高齢化社会への進展に伴い、「どこでも、だれでも、自由に、使いやすく」を実現する「ユニバーサル社会」の考え方に沿って、高齢者、障害者の移動を円滑にすることを目指した「バリアフリ化」に寄与する方策として、今後も進化することが期待されます。
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