直流電子負荷の基礎と概要 (第3回)
<連載記事一覧>
第1回:「はじめに」「負荷装置の種類と概要」「直流電子負荷が使われる市場の動向」「直流電子負荷装置の動作モード」「【コラム】直流電子負荷装置の進化」
第2回:「直流電子負荷装置の構造」「直流電子負荷装置の外部制御」「直流電子負荷装置の状態モニタ」「その他の便利な機能」「【コラム】日本国内で市販されている主な直流電子負荷装置」
第3回:「直流電子負荷装置の用途」「直流電子負荷装置を安心して使うために」「おわりに」「【インタビュー】計測技術研究所の電源事業の取り組み」
直流電子負荷装置の用途
直流電子負荷装置は主にスイッチング電源、DC-DCコンバータ、電池などの直流電源の評価に使われる。ここでは具体的な利用事例を示す。
スイッチング電源の試験
スイッチング電源は電子情報技術産業協会(JEITA)規格(RC-9131D)に従って試験されることが多い。試験の多くの項目では直流負荷装置が必要となる。
図35には基本的なスイッチング電源の試験環境を示す。交流電源装置は安定した周波数と振幅の交流を供給するためにある。電力計は主にスイッチング電源の消費電力を測定するためにある。直流電子負荷装置は任意の負荷レベルを設定するためと、スイッチング電源の端子電圧や出力電流を測定するためにある。
JEITA規格に定められたリップルノイズ測定ができる直流電子負荷装置を使用した場合はオシロスコープでの目視によるノイズ波形観測は不要となり、測定値を直流電子負荷装置の画面から直接読み取ることができる。また生産ラインでは良否判定を直流電子負荷装置で行えるため生産タクトタイムの削減が可能となる。
オシロスコープはスイッチング電源の入力の突入電流や出力の立ち上がり時間、立ち下り時間、保持時間、遅延時間、起動時間を測定するのに使う。
図37. スイッチング電源の評価

スイッチング電源の量産ラインでは効率的に検査をしなければならないため、自動試験装置が使われている。
図38. スイッチング電源の自動試験装置(PW-5000)

提供:計測技術研究所
【ミニ解説】電子情報技術産業協会(JEITA)が規定するスイッチング電源の試験
電子情報技術産業協会(JEITA)は電子機器や電子部品の業界規格を作り公開している。スイッチング電源について8つの規格が定められており、評価試験の方法については「スイッチング電源試験方法(AC-DC)RC-9131D」と「スイッチング電源試験方法(DC-DC)RC-9141B」が定められている。この2つの規格は電子情報技術産業協会(JEITA)のホームページから閲覧ができる。規格書のダウンロードはできないが、有料で規格書の販売がされている。規格は何度か改定されており最新の規格は2019年3月版である。
電子情報技術産業協会(JEITA)が定める試験の基本構成図は規格書に掲載されている。実際の試験環境を構築するには試験項目ごとに必要な測定器を用意する必要がある。下記に必要な測定器の具体例を示す。
RC-9131D 規格書 試験回路 図番 |
試験に使用する測定器例 | |||||||||||||||||||||||
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プログラマブル交流電源 | 直流電子負荷 | デジタルマルチメータ | オシロスコープ | 直流/交流電流プローブ | 直流/交流電力計 | シャント抵抗器 | リップルノイズメータ | ファンクションジェネレータ | スペクトラムアナライザ | 絶縁トランス | 疑似電源回路網(LISN) | ターンテーブル | アンテナ | 恒温槽 | 温度計 | 絶縁抵抗計 | 耐電圧試験機 | 雷サージ試験器 | 静電気試験器 | 漏れ電流計 | バースト試験器 | |||
力率 | 図1 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||||
効率 | 図1 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||||
高調波電流 | 図2 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||||
突入電流 | 図3 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||
出力電圧可変範囲 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
非独立制御設定許容値 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
静的入力変動 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
静的負荷変動 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
静的相互負荷変動 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
周囲温度変動 | 図5 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||
初期ドリフト | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
経時ドリフト | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
動的入力変動 | 図6 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
動的負荷変動 | 図8 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
回復時間 | 図6 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
図8 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||||
リップル電圧 | 図10 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
ノイズ電圧 | 図10 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
リップルノイズ電圧 | 図10 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
過電流保護 | 図4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
過電圧保護 | 図10 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
リモートON/OFF コントロール | 図12 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
リモートセンシング | 図13 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
絶縁抵抗 | ー | 〇 | ||||||||||||||||||||||
耐電圧 | ー | 〇 | ||||||||||||||||||||||
雷サージ電圧 | ー | 〇 | ||||||||||||||||||||||
静電気放電試験 | 図15 | 〇 | ||||||||||||||||||||||
遅延時間 | 図16 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
立ち上がり時間(tr) | 図16 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
出力保持時間(th) | 図16 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
立ち下がり時間(tf) | 図16 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
起動時間(ts) | 図16 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
瞬停保証時間 | 図18 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||
出力インピーダンス | 図19 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||
接触電流(漏えい電流) | 図20 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||||
入力雑音電圧耐量 | ー | 〇 | ||||||||||||||||||||||
雑音端子電圧 | ー | 〇 | 〇 | |||||||||||||||||||||
雑音電界強度 | ー | 〇 | 〇 | 〇 |
電気自動車用の急速充電器の試験
電気自動車やプラグインハイブリッド車にはモータを駆動するためのリチウムイオン電池が搭載されており、交流電源系統から充電できるようになっている。交流電源系統からそのまま電気自動車やプラグインハイブリッド車に接続する際には車載充電器が使われる。また短時間で充電するためには外部の急速充電器が使われる。急速充電器は車両との間で通信を行い、電池の状態に応じた充電制御がされるようになっている。
急速充電器を試験する場合は交流電源装置を用いて安定した周波数と振幅の交流を供給する。急速充電器からの出力は直流電子負荷装置に接続される。直流電子負荷装置にスイッチング(回生)方式を選ぶと発熱は抑制される。
図39. 急速充電器の評価試験

車載用ワイヤーハーネスの試験
自動車の内部には発電機、電池、多くの電子機器、ランプ、モータ、アクチュエータなどが搭載されており、これらを結ぶ配線がされている。配線は電線とジャンクションボックスによってそれぞれの機器まで繋がれている。機器の状態によって流れる電流値が異なり、配線やジャンクションボックスの抵抗による電圧降下と発熱が生じる。この状況を試験によって確認するために直流電子負荷装置が使われる。
図40. 車載用ワイヤーハーネスの試験

LED照明装置の試験
LED照明装置は交流電源系統から専用の電源装置を使ってLEDを発光させる。半導体のLED素子は抵抗とは異なる電圧-電流特性を示すため、LED照明用の電源装置を試験するときはLED素子の特性が模擬できるLEDモード対応の電子負荷が必要になる。
また、LED照明装置にはPWM(Pulse Width Modulation、パルス幅変調)信号による調光機能を持つものがある。調光機能を持つLED駆動電源を試験する際には電子負荷装置にはPWM信号を出力する機能が必要となる。
図41. 調光機能を持つLED電源ユニットの試験

POL(Point Of Load)DC-DCコンバータの試験
低電圧で駆動する高速デジタルLSIの電源電圧を安定させるために置かれるPOL DC-DCコンバータの試験を行うには高速に動作ができる直流電子負荷装置が使われる。
高速に変動する負荷に接続されたPOL DC-DCコンバータを正確に試験するには配線の影響を少なくするための工夫が必要となる。また電源波形の観測に使うオシロスコープのプローブのアースリードを短くする工夫も必要となる。
下図に示す試験システムではファンクションジェネレータから負荷変動信号を与える仕組みになっている。オシロスコープで負荷変動による電圧変動を観測する。
図42. POL DC-DCコンバータの試験

太陽電池パネルの暴露試験
屋外に設置された太陽電池パネルの劣化を試験するには太陽電池パネルは実際のパワーコンディショナ(太陽電池からの直流エネルギーを家庭などで利用できる交流に変換する装置)と同じ負荷動作をする直流電子負荷装置に接続される。この試験で使われる直流電子負荷装置にはMPPT(Maximum Power Point Tracking、最大電力点追従制御)機能が搭載されている。
太陽電池パネルの暴露試験では周囲の環境の記録が行われる。
図43. 太陽電池パネルの暴露試験

【ミニ解説】太陽光発電でのMPPT制御
MPPT制御とは、太陽電池パネルが発電する時に出力電力を最大にする最適な電流×電圧の値(最大電力点、あるいは最適動作点)を自動で求める制御のことである。太陽光発電に使われるパワーコンディショナはすべてこの機能が搭載されている。
太陽電池は設置場所や天候により最適動作点が変動するが、MPPT制御により自動的に最大電力を得ることが可能となる。
図44. 太陽光発電でのMPPT制御動作

燃料電池セルの交流法によるインピーダンス測定
燃料電池セルの状態を等価回路で示すと理解がされやすいため、燃料電池セルの交流インピーダンス測定が行われる。燃料電池セルに直流電子負荷装置を接続して交流変動を与える。交流の周波数を変化させることによって燃料電池セルの等価回路を推定することが可能となる。この方法は測定に時間は掛かるが、精度のよいインピーダンス測定が行える特長がある。
測定は一般に周波数応答分析器(FRA、サーボアナライザ)が用いられる。
図45. 燃料電池セルの交流インピーダンス測定

燃料電池セルをスタックしたモジュールにおいても交流インピーダンスの測定が行われる。その際は一定の負荷を与える直流電子負荷装置と交流信号を外部から印加して負荷変動を与えるための直流電子負荷を組わせて使う。
燃料電池セルの電流遮断法によるインピーダンス測定
燃料電池セルのインピーダンスを短時間に測定する場合は電流遮断法が用いられる。電流遮断法では負荷に流れる電流を急峻に変化させることによる応答波形を観測することにより燃料電池のインピーダンスを推定することができる。
直流電子負荷装置を使えばスイッチなどの接点を使っての電流遮断より安定した測定ができる。
図46. 燃料電池セルのインピーダンス測定

照明用LED素子の評価
照明用に使われるLED素子は駆動電流によって発光する輝度が異なる。駆動電流と輝度の関係を評価するのに直流電子負荷装置によって設定されたディーティ比の駆動パルス電流信号が使われる。受光測定器に分光計を用いれば発光色の評価も行える。
図47. 照明用LED素子の評価
