自動車の騒音規制 ~ スポーツカーに厳しい課題
自動車の騒音は7大公害(大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭)の1つとして挙げられます。自動車の普及とともに、大気汚染と並んで問題視され、累次に規制が強化されてきました。規制が導入された当初はエンジンや排気システムから発せられる騒音が規制の対象でしたが、近年はタイヤからの騒音も追加され、個々の発生源を抑制するだけでは規制値への対応が難しくなり、車両全体での対策が必要となっています。一方、自動車の電動化に伴い、エンジン車に慣れ親しんだドライバにとって、静粛な車両に物足りなさを感じていると思われます。その対策として、エンジン車に近い疑似エンジン音を発生するシステムが採用された車種もあります。
本稿では、最初に日本における騒音規制の背景や歴史を述べます。その後に、騒音規制の規範となっている国連の相互承認協定の概要や新騒音規制の主要な事項である「マフラ排気騒音」や「タイヤ騒音」などを概説します。あわせて、騒音評価の基本である「加速走行騒音」や「タイヤ騒音」などの測定方法を解説します。また、騒音規制に対応するための方策や「タイヤのラベリング制度」、騒音規制に関連する技術である「排気システム」や「排気干渉」などを紹介します。さらに、自動車交通環境の騒音対策についても概説します。最後に騒音規制に関連した計測器を紹介します。
《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。また、記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。さらに、本稿で取り扱った法令関連の内容については、細則や累次的に追加された条項の前後関係を厳密に記述していません。詳細は各関係法令をご覧ください。》
自動車騒音規制の歴史
日本における自動車の騒音規制は1952年の「定常走行騒音規制」※1、「排気騒音規制」から始まりました。1971年に現行規制のベースとなる「加速走行騒音規制」※2が導入され、1986年には「排気騒音規制」から「近接排気音規制」※3へ移行しました。その後も、関係省庁の検討会や審議会などにより、さらなる規制の強化が行われました。規制の内容については後ほど解説します。
定常走行騒音規制:一定速度(50km/h)で走行する際の騒音値が規制値を超過しないかを確認
加速走行騒音規制:50km/hで走行している状態から全開加速する際の騒音値が規制値を超過しないかを確認
近接排気騒音規制:停車状態で一定の原動機回転速度に空吹かしした際の騒音値が規制値を超過しないかを確認
1 全国の自動車交通騒音状況
自動車の騒音状況を紹介します。自動車による騒音の発生個所を大きく分類すると、①エンジン音、②排気システムの音、③タイヤの走行音となります。これらが、騒音を規制する対象となります。図1は騒音の発生源をイメージしたものです。
エンジンの発生源をさらに細分化し、1971年時と1998年時との音源別寄与率を比較すると図2となります。エンジンの比率が下がり、タイヤの比率が高まっていることが理解できます。なお、冷却系の比率が下がった主な要因は、冷却用のファンがエンジンで駆動される常時回転から電動化され、常時回転しなくなったためです。また、エンジン音の抑制が進み、タイヤを起因とする騒音の比率が高まっています。
日本全国の自動車交通による騒音状況は国立研究開発法人 国立環境研究所が運営するサイト「全国自動車交通騒音マップ」で閲覧することが可能です。「自動車騒音の常時監視結果」では、自動車交通の騒音状況の他、「大気汚染常時監視結果」、「酸性雨調査」などの環境状況に加えて、「黄砂飛散予測図」などの予測や各種環境指数、統計データなども公開されています。
国連 相互承認協定への対応
日本は国連の「自動車基準調和世界フォーラム」※4で推進されている「車両等の型式認定相互承認協定」に参加しています。図3は「自動車基準調和世界フォーラム」の組織図です。「GRBP」で騒音に関する基準を策定しています。1998年に加入して以降、自動車の安全や環境に関する基準は、相互認証協定による規則を段階的に採用しています。騒音関連の規制については、環境省 中央審議会 大気・騒音振動部会等の審議を経て、国連の「車両等の型式認定相互承認協定」※5に対応する新たな規制が導入されました。四輪に関する国連の相互認証規定は「R51-03」と呼称されます。日本における従前の排気騒音規制は、①定常走行騒音規制、➁加速走行騒音規制(アクセル全開加速)、➂近接排気騒音規制(全車:車種毎の絶対値規制)となっています。相互承認協定を導入すると、①加速走行騒音規制(市街地加速)、➁追加騒音規制(ASEP※6)、➂近接排気騒音測定(新車:測定のみ、使用過程車:新車時からの相対値規制)、④圧縮空気騒音規制、となります。定常走行騒音規制は廃止されました。従前の規制とR51-03の比較を表1にしました。
安全で環境性能の高い自動車を容易に普及させる観点から、自動車の安全・環境基準を国際的に調和することや、政府による自動車の認証の国際的な相互承認を推進することを目的として活動している。
国際連合の相互承認協定の原文は以下を参照してください。Regulation No.は51です。
https://unece.org/166th-session-jun-2015
(additional Sound Emission Provisions)新たな加速走行騒音規制の試験法の試験条件から外れたエンジン回転数で走行する場合に不適当な騒音の上昇を抑えることを目的として、乗車定員9人以下の乗用車や最大許容質量3.5トン以下の貨物車に対して適用する規制。多くの走行条件下で騒音値を実証することが求められる。例えば、トランスミッションのギア比毎に複数の速度条件が設定されるなど、従前に比べて試験工数が増大する。車両システムの技術進化により特定の条件下で騒音のレベルを制御可能なことが背景にある。
新車時の近接排気騒音規制が廃止されましたが、加速走行騒音の評価により規制されるので、緩和されたわけではありません。近接排気騒音規制により、新車時の規制値はなく測定のみとなっています。使用過程車、つまり車検時において、検査車両の自動車車検証に騒音規制の情報が記載されます。近接排気騒音の測定値と回転数が記載されます。図4は自動車検査証の記載例です。排気騒音規制値やマフラ加速騒音規制の適用車であることが記載されています。
新騒音規制の概要
R51-03の特徴は、実際の市街地において走行した騒音値を再現することを目的として、新車時の走行騒音を評価する試験方法が定められています。R51-03で定められている規制値は、フェーズ1からフェーズ3まで段階的に強化されています。適用時期や規制値は車両のカテゴリ毎に規定されています。表2は自動車騒音規制の経緯および今後の適用日程です。フェーズ1、2は施行済みです。新たな規制 フェーズ3は2024年10月からとなっています。カテゴリは自動車の区分を表しています。M*は、4輪自動車、N*は4輪貨物車です。一般的な自動車である9座席以下の乗用車はM1となります。PMRは重量に対する出力の比を示し、一般的な小型乗用車は120以下です。スポーツ系の車種は一般的に高い数値を示します。イタリアの高性能車では300を超える車種があります。
図5は四輪車の加速走行騒音規制の現状です。赤字はフェーズ2規制を満足していているものの、新規制フェーズ3の規格値を満足できていない車種(表中の型式数)があることを示しています。
1 交換マフラに対する規制
従前の「絶対値規制」では、対象車種の規制値を超えると車検をパスできませんが、新たな規制の特徴である「相対値規制」は、新車時の騒音から悪化しないことを目的としています。なお、悪化していないこととは+5㏈以内の騒音レベルとなっています。交換用マフラによる走行時の騒音低減対策を目的とするマフラー事前認証制度の運用は2008年より開始され(2011年にマフラー性能等確認制度に変更)、2010年4月以降に製作された自動車は、純正マフラ以外のマフラについては性能等が確認されていないマフラの装着が禁止されています。国土交通省および自動車関係団体で構成される「不正改造防止推進協議会」が中心となって、不正改造を排除する運動を展開しています。図6は不正改造を排除する運動のポスタです。
2 圧縮空気騒音規制
空気ブレーキを装着した技術的最大許容質量2.8トンを超える車両を対象として、エアブレーキが作動した時の圧縮空気騒音が規制されています。交通量の多い交差点やバス停付近などで騒音レベルを抑制することが期待できます。規制値は国際標準R51-03に調和する規制値が設定されています。
3 タイヤに対する規制
自動車の騒音軽減対応としてタイヤに対しても国際基準「R117-02」が導入されています。タイヤ騒音、ウエットグリップ、転がり抵抗等に関する技術要件が定められています。エンジンを停止して惰行走行の騒音を測定することが特徴です。規制への対応策として、バルブ部分に消音機構を実装します。
4 二輪車への適用
二輪車の走行騒音規制についても、国際基準「R41-04」に調和した規制が適用されています。今後も累次的に規制が強化されると推察されます。なお、欧州で販売されていない第一種原動機付自転車(排気量50cc以下)については「R41-04」でカテゴリが定義されていないので、日本独自の規制値が設定されます。
5 排気騒音の測定方法
1)近接排気騒音
マイクロホンを排気管の出口から0.5m離し、45度の角度に設置します。高さは排気管の高さとなります。試験車両の区分に応じてエンジンの回転数を一定に保持したのち(小型自動車の場合は最高出力時の回転速度75%)、急速にアクセルを離して騒音の最大値を測定します。
2)加速走行騒音
従前の加速走行騒音試験法は、最高出力時回転数の75%の回転数で走行した場合の速度、又は時速50kmで走行し、20mの区間でアクセルを全開に踏み込み加速した状況で測定します。マイクロホンの位置は走行方向に直角に車両中心線から左側7.5mに離れているところで、地上1.5mの高さです。試験路はJIS D 8301(ISO 10844)に準拠した路面です。試験路面の寸法を始め、傾斜、表面の凹凸、吸音率、路面の材料など多岐にわたって定義されています。
従前の騒音規制は全開加速が走行条件となっています。近年の車両はエンジンが高出力化されており、市街地での実走行では全開加速する頻度は下がっています。そのため、実態に即している試験法とは思われません。R51-03では実際の市街地における加速走行を模擬した試験方法と騒音値の算出手法となっています。図9は加速走行騒音の算出方法です。詳細な測定条件や算出方法は表3に譲りますが。騒音値の算出方法を概説すると、①試験車で全開加速時の騒音(Lwot)を測定、参照加速度(αwot)を算出、②定常走行によりLcrsを測定、③市街地代表加速度(αurban)を算出、④最終騒音値(LR=Lurban)を算出、となります。最終騒音値が規制値を下回ることが必要です。
3)タイヤ騒音の試験法
試験車両を決められた区間内を走行させ、指定の位置に設置されたマイクロホンにより測定して行います。測定区間内の手前から一定速度で走行し、測定区間内に入るとエンジンを停止して惰行走行します。測定条件等は図10です。基準速度は試験車両のクラスで異なります。C1:乗用車用タイヤ、C2:小型商用車用タイヤ、C3:中・大型商用車用タイヤ。なお、応急用のタイヤ、競技用タイヤ等は適用対象外です。騒音の規制値はクラス毎に定められています。
騒音規制に対応する技術
1 対策事例の紹介
騒音規制に対応するための対策例を挙げると、吸音・遮音カバーの装着、エンジン本体のシリンダブロックの剛性向上、マフラの大容量化、吸気系のレゾネータ※8追加、タイヤパターンの見直し等があります。また、エンジンアンダーカバーやホイールハウス内に遮音・吸音材の追加拡大等が適用されています。さらに、エンジン対策では、トルクマスレシオ※9を上げてエンジン回転数を下げる、ハイブリッドシステムのモーターアシスト強化によるエンジン回転数低下や、ターボ搭載によるエンジンの低回転高トルク化による低回転で加速性能向上等が図られています。
(resonator)共振装置。エンジンの吸気通路に設けられ吸気音の低減を目的としています。ヘルムホルツ共鳴の原理を適用。
エンジンの最大トルクを車両の重量で割った数値。大きいとエンジンの回転数を抑える方向に作用。
2 低車外音タイヤのラベリング制度
タイヤの騒音低減対策として、新車時に「UN ECE R117-02」に準拠したタイヤの装着が義務付けられましたが、市販用タイヤについては騒音規制が導入されていません。そのため、タイヤ業界では、「R117-02」に準拠したタイヤを「低車外音タイヤ」としてラベリング制度を導入し普及を図っています。対象のタイヤは、乗用車、小型トラック、トラック、バス用のそれぞれ冬夏用としています。運用は2023年1月から開始されています。「低車外音タイヤ」として基準を満足したタイヤは図11のアイコンを表示できます。
低車外音タイヤのラベリング制度詳細については、一般社団法人 日本自動車タイヤ協会のサイトをご覧ください。
自動車騒音に関連する技術
1 排気システム
内燃機関を有する自動車の主要な騒音発生源が排気システムです。図12は一般的な排気システムの例です。排気システムの機能は排ガスの浄化や消音です。エンジンの排気ポートに接続されるエキゾーストマニホールドから排気システムのフランジに接続されます。以降、触媒コンバータ → マフラ → テールパイプへつながります。マフラが二個実装されているのは、排気音の周波数帯に応じた消音特性を持たせるためです。
2 排気干渉の抑制
排気系に関係するエンジン性能を向上させる手法として、排気干渉の抑制があります。エンジンの排気ガスはエキゾーストマニホールドを通って排気システムへ導かれます。エンジンの気筒数が4気筒の場合、排気ポートは4個あり、最終的には1個にまとめられて排気システムに接続されます。排気ポートから排出される排気ガスは外気へ排出されますが、排気ガスの一部は他の排気ポートへ逆流します。その結果、他の気筒が排出工程の場合、排気がスムーズに行われなくなり、排気効率の低下や騒音の増大につながります。この事象を排気干渉と言われています。図13は4気筒エンジンの排気干渉イメージです。4気筒エンジンでは、一般的に排気順序は1 → 3 → 4 → 2です。1気筒の排気が3気筒のポートへ逆流すると、1気筒の次に排気工程となる3気筒の排気と重なるので、排気が干渉することになります。
排気干渉の対策としては、①集合部までを長くして逆流を抑える、②排気工程が離れている気筒のエキゾーストマニホールドをまとめる、③集合部までの長さを同じにする、などです。③の対策品は、「たこ足」と呼ばれます。モータスポーツでは一般的に施されています。蛇足ですが、かつての水平対向エンジンでは独特な排気音となっていました。擬音で表現すると、「ドドドド」でしょうか。この音は排気干渉が要因となっていました。騒音規制への対応やエンジン補器類の小型化等の改善により、水平対向エンジンが搭載された車両であることを排気音だけでは識別できなくなっています。
3 排気音の音作り
騒音規制に対応すると排気音そのものが抑制されるので、加速時の物足りなさを感じるドライバもいるようです。特に、ターボエンジンを搭載した車両では、エンジン回転を高くしない傾向ですので、よりエンジン音の物足りなさを感じるようです。さらに、EV車においては、そもそもエンジン音が存在しないため、騒音規制上は最良ですが、やはり自動車を運転することの楽しさが抑えられているとの意見もあるようです。対応策として色々な観点の技術が採用されています。エンジン車においては、マフラの内部構造を工夫し、排気音の周波数帯を制御する方策や、テールパイプの直前に配置されるマフラの排気流路を切り替える機構を装備し、加速時に排気音の周波数を制御する方策が採用されています。音作りは排気システムの工夫だけでなく、電気的な対応策も導入されています。エンジン回転数やアクセル開度などの運転状況に応じて、疑似的な音をオーディオのスピーカから発生させ、ドライバが運転感覚の高揚を覚えるようにします。排気システムの対策と併用している車種もあります。
4 自動車交通環境の整備
騒音対策は自動車単独だけでなく、インフラも含めた総合的な対策が求められます。対策例を表4にまとめました。本稿で紹介した自動車単独での対応策に加えて、交通流の規制、道路構造の対策等々、関係省庁の連携によって自動車交通環境の対策が講じられています。
関連計測器の紹介
騒音規制に関連した計測器の一例を紹介します。
その他の製品や仕様については 計測器情報ページ から検索してください。
おわりに
従来の騒音対策は、排気システムやタイヤなどの単体で規制に対応してきましたが、今後は個々の騒音源を抑制する対策にとどまらず、燃費規制や電動化等のカーボンニュートラル対応の背景を踏まえ、さらに規制が強化されると推察されます。自動車だけでなく、道路などのインフラも含めた技術進化が求められるでしょう。
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