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計測器の形名・・・第2回 オシロスコープPart1 ~ 形名から仕様がわかる命名

計測器は商品なので、形名(かためい)、品名(ひんめい)などの名称があります。本稿は「計測器の形名」について考察する連載コラムです。前回は形名の定義から始まり、2つの種類を具体例で示しました※1。第2回はオシロスコープの形名について、アナログオシロスコープ時代から変遷を話します。現在のオシロスコープはほとんどの計測器メーカが全世界共通の命名法則に従う、大変珍しい形名です。高速A/D変換器が進歩してデジタルオシロスコープに搭載された1990年代は、まだ各社の形名に統一感はありませんでした。テクトロニクスのTDS3000シリーズを一つの契機として、2000年代以降に発売されたモデルから各社の形名に共通の法則が広がりました。形名の意味は公開されませんから推測するしかありませんが、デジタルオシロスコープの歴史が形名には表れていると思います。今回はまず通称を説明してから、共通の法則について話します。

※1

数字が主の形名と、英字と数字の形名。2023年1月公開:計測器の形名・・・第1回「形名とは」

通称について

形名や品名とよく似た名称に通称(愛称、ニックネーム)があります。形名と間違われることもあるので説明します。多くの家電製品には通称があります(表1)。ユーザに親しみを持ってもらえるように、愛称(ニックネーム)をつけています。メーカ各社が通称であることを宣言していることはほとんどないので、その名称が通称かどうかは定かでありませんが、「形名や品名とは違う呼び名があり、それが世の中で一般的に使われている」とき、通称と定義します※2

※2

一般に通称というと、結婚後に旧姓を使うことや、作家のペンネームなどがあるが、本稿は計測器で形名、品名とは別の名称がある場合、通称と呼称する。

表1 商品の通称の例
メーカ名 製品名称(カテゴリー) 通称・愛称
VAIO(旧ソニー) ノートパソコン VAIO(バイオ)
東芝 映像商品(TV/DVDレコーダなど) REGZA(レグザ)
シャープ 液晶テレビ AQUOS(アクオス)
ダイキン工業 エアコン うるるとさらら

計測器にも少なからず通称があり、メーカホームページの製品欄、カタログ、製品の前面などに表記されています。数年前までの横河計測の製品には原則、通称がありました。同社のデジタルオシロスコープはDL(ディーエル)と呼ばれ、DL1500、DL1700などのシリーズがありました。オシロスコープの主流がMSO(ミックスドシグナルオシロスコープ)になってからは通称をDLMに変更し、形名710130のモデルにはDLM2054の通称がありました(通称の05は周波数帯域500MHz、末尾の4は4chを表す)。この通称が厄介です。

「DLM2000」という表記が製品カタログに大きく明記され、メーカ営業も顧客もこの通称で話します。ただし、いざ発注時には500MHz/4chなら形名は710130を選び、メモリを62.5Mポイントに拡張する「M2」、プリンタを内蔵する「B5」などのオプション形名を指定します(製品カタログの仕様覧には710130-M/B5/M2などの記述があり、DLM2054という文字列は製品の仕様を特定することに何ら関与しない)。つまり、単にDLMだけでなく、「DLM2000シリーズ」や「DLM2054」などの、形名とよく似ている別体系の通称があり、形名よりも広く流布していました(大変特異な事例といえます)。2000年代に横河電機が吸収した通信計測器の安藤電気はAQ6380など、「英字2文字+数字4文字」の形名体系を持っていました。横河計測もDLM3000からは従来の通称が正式な形名となり71xxxxという体系の形名は廃止になりました。

図1 DLM2054(左)とCXG(N5166B)(右)

図1 DLM2054(左)とCXG(N5166B)(右)

キーサイト・テクノロジーの高周波の製品群には、周波数が下からC、E、M、P、U、Vなどの命名法則があるようで、同社は形名よりもこちらを好んで使っています。信号発生器(SG)は下からCXG、EXG、MXG、UXG、VXG、スペクトラムアナライザ(SA)はCXA、EXA、MXA、PXA、UXA、ネットワークアナライザ(NA)はENAとPNAがあります(2020年6月現在)。これらの英字3文字が通称です。たとえば形名N5166Bは安価な信号発生器ですが、このクラスの機種群をCXG(CクラスのSGの意味)と呼称します。同社は「CXGシリーズ」と呼んでいますが、「形名N5166BはN5100シリーズの1モデル」ならまだしも、形名とは無関係なCXGという文字列は通称といわないと説明がつきません。

広帯域オシロスコープ※3は周波数帯域が下からEXR、MXR、UXRがありますが、これらは形名で、通称ではありません。たとえばEXRシリーズのEXR604Aは6GHz/4chモデルです。GHz帯域のオシロスコープは高周波の製品のため、SGやSAの通称に似た法則で形名を命名しているように思えます(正確には2023年6月現在のシリーズは下からEXR、MXR、S、V、Z、UXR)。

※3

周波数帯域が2GHz以上の高速デジタル回路評価用のモデルを、広帯域オシロスコープ(または高速オシロスコープ)と呼称し、一般的なミドルクラスのモデルと区別される。

アナログからデジタルへ

オシロスコープの歴史をつくってきたテクトロニクスを例に、形名の変遷を述べます。同社が周波数帯域10MHz、トリガ掃引式のオシロスコープ初号器、511型※4を1947年に発売したことは各所で語られていますが、1950年代には315などの300シリーズ、1960年代には400シリーズ、7000シリーズをリリースします。形名はほとんど数字3文字です。7000シリーズは単体ではなく、本体のスロットに測定アンプを装着するユニット型で、1970年代に発売した7104は周波数帯域1GHzを実現した、当時としては最高級品です(広帯域オシロスコープの元祖とでもいうアナログオシロスコープ)。

※4

テクトロニクスはモデル番号を形名ではなく「型名」といい、「511型」などの表記を好んで使う。本稿は「形名」とする。

図2 511(左端)と7104(右端)

図2 511(左端)と7104(右端)

テクトロニクス・イノベーション・フォーラム2018会場にて

その後、形名は数字4文字が主になり、オシロスコープは2200から2400あたりが使われました。1980年代はデジタルオシロスコープが登場します。その頃の形名の例を表2にしました。A/D変換器が採用される以前のCCD※5メモリを使ったデジタルオシロスコープ2400シリーズに混じって、2455、2465などが発売されています。2465は2465A、2465Bと続き、完成度の高いアナログオシロスコープとして1990年代までベストセラーでした。1980年代から1990年代にかけては、アナログオシロスコープとデジタルオシロスコープが用途によって使い分けられた時代で、オシロスコープの形名は開発した順番に発番されているように思えます。シリーズ名から製品の位置付けがわかる場合もありますが、形名から仕様(アナログかデジタルか、何MHz/何chか)は全く推測することができません。形名の番号が大きい方が上位になる傾向がある、という程度なら想像できます。

※5

(Charge Coupled Device)電荷結合素子。ここではアナログ信号を高速に記録するアナログメモリとして利用された。現在では受光素子と組み合わせて撮像デバイス(画像センサ)に使われている。

表2 数字が主な形名の例(テクトロニクスのオシロスコープ、1980年代以降)
形名の例 シリーズ名 品名 仕様
(周波数帯域、入力ch、サンプルレート、メモリなど)
特長
2246 アナログ
オシロスコープ
100MHz、4ch(1986年発行カタログより)
2252 100MHz、4ch(1990年発行カタログより) 12ビット波形データ出力可能
2430 2400
シリーズ
デジタル
オシロスコープ
150MHz(繰返し波形)、2ch、100MS/s(2ch同時)、1024ワード(1986年発行カタログより) CCDメモリ搭載
2440 300MHz(繰返し波形)、2ch、500MS/s(2ch同時)、1kワード/ch(1990年発行カタログより)
2455A アナログ
オシロスコープ
250MHz、4ch(1986年発行カタログより)
2465B 400MHz、4ch(1993年発行カタログより)
7104 7000
シリーズ
1GHz(7A29:1GHz 1ch Amplifier Plug-in使用時)、2ch(1985年発行カタログより) メインフレームのスロットにアンプユニット(計測部)を装着
7934 500MHz、4スロット
仕様はカタログの表記を尊重して転記。

デジタルオシロスコープの新しい形名の登場

前回、形名は「数字が主」のものから始まり「英字と数字」に変わってきたことを述べましたが、テクトロニクスのオシロスコープには英字3文字を頭にして数字3文字が続く形名が登場します。表3は1990年代の形名の例です。同社の頭3文字は大変わかりやすい略記で、リアルタイムスペクトラムアナライザ(Real time Spectrum Analyzer)のRSA703A、任意波形発生器(Arbitrary Waveform Generator)のAWG5208などです。TASはTektronix Analog oscilloScope、TDSはTektronix Digital oscilloScopeからの命名と思われます。A/D変換器を搭載したTDS300シリーズ(1991年発売)から始まり、TDS400、TDS500、TDS600、TDS700、TDS800と続き、1999年にTDS3000シリーズが発売されます。

表3 英字と数字の形名の例(テクトロニクスのオシロスコープ、1990年代)
形名の例 シリーズ名 品名 仕様
(周波数帯域、入力ch、サンプルレート、メモリなど)
特長
TAS465 TAS
シリーズ
アナログ
オシロスコープ
100MHz、2ch 「LSIスコープTASシリーズは新時代のアナログオシロ」(1993年発行カタログより)
TAS475 100MHz、4ch
TAS485 200MHz、4ch
TDS320 TDS300
シリーズ
デジタル
オシロスコープ
100MHz、2ch、500MS/s、1kポイント/ch AD変換器搭載
Pはプリンタ内蔵モデル
TDS380P 400MHz、2ch、2GS/s、1kポイント/ch
TDS744A TDS700
シリーズ
500MHz、4ch、2GS/s、500kポイント/ch(オプション) DPX機能
TDS784C 1GHz、4ch、4GS/s、2Mポイント/ch(オプション)
TDS3012 TDS3000
シリーズ
100MHz、2ch、1.25GS/s、10kポイント 画像処理DSP搭載
TDS3054 500MHz、4ch、5GS/s、10kポイント
仕様はカタログの表記を尊重して転記。

図3 TDS3000シリーズ デジタルオシロスコープ

図3 TDS3000シリーズ デジタルオシロスコープ

TDS3000シリーズはTDS3000B、TDS3000Cと改良されて約20年近く販売されたミドルクラスのデファクト・スタンダートですが、これ以降のオシロスコープの形名を決定づけました※6。横河計測の通称で説明した、数字3文字が周波数帯域と入力チャンネル数を示すという命名法則です(図4)。周波数帯域、サンプルレート、入力チャンネル数はデジタルオシロスコープの基本性能を示す重要な仕様で、ユーザはまずこの3つから機種を選びます。周波数帯域はしばしば製品の前面パネルに表記されることも少なくありません(図5)。

※6

TDS3000は画像処理DSPの採用によってアナログオシロスコープと遜色ない波形表示を実現したことが、以下の記事に書かれている。
2018年9月公開:「デジタルオシロスコープの基礎と概要 (第1回)

図4 TDS3000シリーズの数字の意味

図4 TDS3000シリーズの数字の意味

図5 横河計測 DLM3054前面パネルの表記

図5 横河計測 DLM3054前面パネルの表記

周波数帯域と入力チャンネル数を形名にするやり方は、TDS3000シリーズが世界初で始めたかはわかりませんが、表3のTDS3000以前とは明らかに形名が違っていることは明瞭です。計測器はモデルごとに仕様が違います。周波数帯域や入力チャンネル数、新機能など、新製品が開発されると1つの番号(形名)が与えられてきましたが、シリーズ名を決めたら仕様に沿って1つの形名が決まる、という斬新な形名命名法がデジタルオシロスコープで登場しました。

各社の形名の変化

「形名の頭は英字と数字でシリーズ名を表し、以降の数字が周波数帯域と入力チャンネル数を示す」という法則は、2000年代以降に発売された各社のオシロスコープに採用されていきます。キーサイト・テクノロジーのオシロスコープの形名は2000年中頃まで「数字が主」だったことを前回述べました。広帯域オシロスコープとして登場した54855A(6GHz、2005年発売)の次は、頭が英字のDSO80000Aシリーズ※7が発売されます。DSO81204Aは12GHz、4chです(120:12GHz、4:4ch)。DSO80000Aシリーズは8GHz~13GHzの4モデルがリリースされましたが、「ch数を示す数字の前の数字は100MHzを示す」という法則に従い、形名の数字は5文字に増えました。以降に発売された同社の形名は英字+数字になり、現在は頭が英字の形名が主です(英字は1文字が多いことは前回述べました)。

※7

DSOとはDigital Storage Oscilloscopeの略記。詳しくはPart2で述べる。

テクトロクス、キーサイト・テクノロジーに並ぶ世界的なオシロスコープメーカ、テレダイン・レクロイ(旧レクロイ)にはT3DSO3000、HDO 6000Bシリーズなどの英字と数字の形名以外に、WaveRunner、WaweJet、WaveSurferなどのWaveリシーズとでもいう製品群があります。具体的にはWaveRunner Xi-AシリーズのWaveRunner 204Xi-A(2GHz/4ch)、WaveJet 300Aシリーズ(100MHz~500MHz)のWaveJet 352A(500MHz/2ch)、WaveSurfer 3000zシリーズのWaveSurfer 3104z(1GHz/4ch)などです。頭の英字が長いのでWR 204Xi-A、WS 3104zなどの略記も見かけますが、シリーズ名を示す文字の後に周波数帯域と入力チャンネル数を示す数字が続くことは、他社と共通の命名法則です。

図6 DSO81204B(左)とWaveSurfer 3104z(右)

図6 DSO81204B(左)とWaveSurfer 3104z(右)

横河電機(現横河計測)は1989年に縦型、設置面積A4サイズ、小型・軽量なので片手で持ち運べる画期的な製品、DL1200(通称)を発売しました。同社は後発でオシロスコープ(デジタルオシロスコープ)市場に参入しましたが、それまで横型(左が画面、右が操作部)だったのを上に画面、下に操作部という縦型を新しく提案しました。周波数帯域は100MHzでしたが、その後150MHzのDL1500、200MHzのDL1600、500MHzのDL1700をリリースし、100MHz以下のローエンドから500MHzのミドルクラスユーザまで幅広く普及しました。TDS3000シリーズと国内市場を2分したDLシリーズですが、DLM2000シリーズから同じ命名法を採用し、DLM3000以降の形名はTDS3000と全く同じ法則になったことは前述のとおりです。

シンクロスコープ※8で有名な岩崎通信機は、1954年に国産初のトリガ式オシロスコープSS-751(周波数帯域5MHz)を開発したアナログオシロスコープの老舗です。現在の同社形名はほとんどがXX-yyyy(X:英字大文字2文字、y:数字4文字)で、英字のSSがアナログオシロスコープ、TSがアナログストレージオシロスコープ、DSがデジタルオシロスコープです。他社と同じく形名の数字は長らく仕様とは無関係でしたが、いまの現役モデルはここまで説明してきた法則で命名されています。2020年発売の8ch対応・12ビット分解能モデルDS-8000シリーズにはDS-8034(350MHz/4ch)、DS-8108(1GHz/8ch)などがあります。

※8

(syncroscope)同社の「トリガ機能付きオシロスコープ」の品名。「測定信号に同期(sync)が取れるので波形が見やすい」という命名。オシロスコープ1号器からの名称で、製品には「SS-5712 SYNCROSCOPE」のような表記があった。

岩崎通信機のオシロスコープにはViewGo(ビューゴー)という通称があり、DS-8000の下位のDS-5600A、DS-5400AシリーズはViewGoⅡと呼ばれています。前述のWaveRunnerも、WaveRunner 8000HD、WaveRunner HRO 6Ziなど多くのシリーズがあり、WaveRunnerも通称の1種です。キーサイト・テクノロジーのInfiniium(インフィニウム)といい、オシロスコープ各社は通称が大好きなようです。

図7 DL1740EL(左)とDS-8108(右)

図7 DL1740EL(左)とDS-8108(右)

その他のメーカについては、以下の記事に2022年9月現在の7社の形名が表になっていますので、興味のある方はご覧ください。
2022年11月公開:オシロスコープの動向と、最新1GHz帯域モデルの各社比較

おわりに

形名の命名法則が世界中のほとんどのオシロスコープに採用されています。形名はメーカが自由に(好き勝手に)命名するものなので、こんな計測器は他にはありません。各社が相談した訳でもないのに形名が統一されたのです。ユーザは形名を見るだけで基本仕様がわかり便利ですが、複数のメーカで同じような形名が増えて間違いやすい、というデメリットもあります。

TDS3000シリーズの発売時の品名はデジタルオシロスコープだったと筆者は記憶していますが、2001年発行のカタログの表紙には「カラー・デジタル・フォスファ・オシロスコープ」と書かれています。TDS3054の前面パネルには「500MHz 5GS/s DPO」と表記されていた時期があります。次回はDSO、DPO、DSA、MSOなどの形名について説明します。これらの英字3文字の形名はオシロスコープメーカ共通ですが、厳密に同じではない、という事情もあります。


紹介したモデルの詳しい仕様
テクトロニクス TDS3000シリーズ
キーサイト・テクノロジー DSO81204B
テレダイン・レクロイ WaveSurfer 3104z
横河計測 DL1200~DL1700シリーズ
岩崎通信機 DS-8108
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