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電磁鋼板と鉄損測定 (第2回)

<連載記事一覧>

第1回:「はじめに」「電磁鋼板とは」「電磁鋼板の特性を知るための基礎知識」

第2回:「鉄損測定の原理と規格」「鉄損測定の実際」「最近の鉄損測定」「電磁鋼板の測定トレーサビリティ」「おわりに」

鉄損測定の原理と規格

電磁鋼板などの磁性体が使われるモータやトランスなどで生じる損失要因は下図に示すように分類される。モータやトランスなどを設計する際にはこれらの損失を小さくすることが効率改善となり、発熱を抑制することができる。

図17. モータやトランスで発生する損失

図17. モータやトランスで発生する損失

モータとトランスに共通する損失は鉄損と銅損になる。鉄損は直流磁化特性で測定されるヒステリシスの面積に比例するヒステリシス損と、交流磁界によって発生する渦電流損により構成されている。ヒステリシス損は下記のスタインメッツ(Steinmetz)の実験式から最大磁束密度の1.6乗に印加する周波数を掛けたものに比例する。

Ph
:ヒステリシス損
f
:周波数
Bm
:最大磁束密度
kh
:比例定数

渦電流損は下記の式の通り印加する周波数、鉄板の板厚、最大磁束密度の積の2乗に比例して増加する。

Pe
:渦電流損
t
:鉄板の厚さ
f
:周波数
Bm
:最大磁束密度
ρ
:磁性体の抵抗率
ke
:比例定数

銅損は磁性材料に磁界を与えるコイルの抵抗成分に電流を流すことにより発生する。

電磁鋼板などパワーエレクトロニクスに使われる磁性材料の評価では鉄損測定が電子機器の効率に影響するので重要な評価項目になっている。

磁性材料測定では鉄損は磁性材料1kgあたりの損失(W)で表現されるため、単位はW/kgとなる。

さまざまな鉄損測定

電磁鋼板など磁性材料の鉄損を測定する方法には下図に示すような方法が存在する。

図18. さまざまな鉄損測定方法

図18. さまざまな鉄損測定方法

この中で電力計法はJISやIECで測定法が規格化されており、鉄損測定では広く使われているため、この記事では電力計法での電磁鋼板の鉄損測定についてのみ紹介する。

エプスタイン枠を使った鉄損測定試験

試験を行う電磁鋼板をエプスタイン枠に組み込んで下図のような試験装置を組み上げる。エプスタイン枠を使うことによって2次側に発生する無負荷での電圧と1次側に流れる電流を測定することによって1次側で発生する銅損が損失測定に含まれないようにすることができる。

図19. エプスタイン枠を使った鉄損測定(原理図)

図19. エプスタイン枠を使った鉄損測定(原理図)

鉄損測定に使われる測定器への性能要求はJIS C2550-1に規定されている。JIS規格に書かれた測定構成図は指示計器(メータ)を使って時代に作られたものであるため、交流電圧計(平均値、実効値)、交流電流計、交流電力計という表現になっている。現在では電圧、電流、電力が測定できるデジタル電力計を使うだけ測定装置を構築できる。

鉄損は電力計を使って測定できるが、JIS C2550-1にある「デジタルサンプリング法による磁気測定」に書かれた条件を満たせば、デジタル電力計の代わりにメモリレコーダを利用することができる。

単板試験枠を使った鉄損測定試験

エプスタイン試験枠での試験は鉄鋼メーカから電磁鋼板を出荷する際の検査に使われるが、部品を作るメーカでは用途に応じた大きさの試験片で測定を行う場合には単板試験枠が使われる。対象は電磁鋼板以外にもアモルファスなど他の磁性材料の測定でも使われる。

用途に応じて作られる単板試験枠の構造は単ヨークと複ヨークに別けられる。ヨークは継鉄とも呼ばれて、磁束の流れを作る鉄などの透磁率の高い材料で作られた磁気回路を構成するものである。

図20. 単板試験枠の構造

図20. 単板試験枠の構造

出典:JISC2556 単板試験器による電磁鋼帯の磁気特性の測定方法

単ヨークは磁性材料の試験片に力が加わらない利点があるため、応力の影響を受けやすいアモルファス材料の試験に使われる。複ヨークは漏れ磁束がないため測定精度がよくなる。

単板試験枠は試験片の大きさによって形状が異なるため、用途に応じたさまざまな形状のものが作られている。

図21. 用途に応じて作られる単板試験枠

図21. 用途に応じて作られる単板試験枠

出典:メトロン技研のホームページ

用途に応じて作られる単板試験枠での測定装置は交流源にマッチングトランスを接続して電流レンジを拡大させることがある。下図はエプスタイン試験枠を使った測定方法と同じように1次側に流れる電流をシャント抵抗で検出する場合である。鉄損は単板試験枠の1次側の電流波形と2次側の電圧波形から電力演算をして求める。

図22. 単板試験でシャント抵抗を使って電流を測定する構成

注1)この鉄損測定装置ではマッチングトランスを使った場合を示す
注2)この鉄損測定装置では電力計に代わりにメモリレコーダを使った場合を示す

図22. 単板試験でシャント抵抗を使って電流を測定する構成

JIS C2556規格には試験片にかかる磁界の強さをHコイル(空芯コイル)によって直接測定する方法が示されている。Hコイルを用いて鉄損を測定する場合は下図のような構成となる。

図23. 単板試験でHコイルを使って電流を測定する構成

注1)この鉄損測定装置ではマッチングトランスを使った場合を示す
注2)この鉄損測定装置では電力計と積分器に代わりにメモリレコーダを使った場合を示す

図23. 単板試験でHコイルを使って電流を測定する構成

Hコイルによって検出された磁界の強さは積分演算処理を行って電流波形を求めて、2次コイルから得た電圧波形と電力演算を行って鉄損を求める。

電磁鋼板を生産する際にも鉄損を測定する。この際は測定対象が固定されておらず生産ラインで流れている鋼板になる。装置は下図のような仕組みになっている。

図24. 電磁鋼板生産ラインでの連続鉄損測定

図24. 電磁鋼板生産ラインでの連続鉄損測定

出典:メトロン技研のホームページ

鉄損測定の実際

実際の電磁鋼板を使って実測を行う事例を示す。今回は学校での実習での利用も想定して判り易い測定環境を構築した。測定器は入手が容易なエヌエフ回路設計ブロックの任意波形発生器機能付きのファンクションジェネレータWF1968と横河計測のメモリレコーダDL850Eを使用した。メモリレコーダの代わりに電力計を使うことも可能であるが、交流磁化特性の測定もできるのでメモリレコーダを選んだ。シャント抵抗器は周波数特性が測定範囲で平坦な4端子の製品を使った。空げき補償用コイル付きエプスタイン試験枠と制御PCソフトはメトロン技研が開発したものを利用した。

エプスタイン試験枠を使った測定装置

測定対象となる電磁鋼板はJIS C2550-1の付属書JAに示された「試験片の切断方法及び試験機器仕様」に従って切り出された試験片を利用する。試験片のエプスタイン試験枠への実装はJIS C2550-1に示された方法に従う。試験装置は下図に示すような構成となっている。交流増幅器の出力信号を交流成分だけとするため、アルミ電解ンデンサを経由してエプスタイン試験枠の1次側に印加している。アルミ電解コンデンサ単体は極性があるので、2つのアルミ電解コンデンサを直列接続して無極性化してある。

図25. 実測に用いた鉄損測定装置の構成

図25. 実測に用いた鉄損測定装置の構成

今回の実験装置はメトロン技研本社にあるショールームで構築した。

図26. エプスタイン試験枠使った実際の鉄損測定の測定環境

図26. エプスタイン試験枠使った実際の鉄損測定の測定環境

今回紹介する実測結果は試験片に与える磁束密度を1T(テスラ)と1.5Tとして、印加する周波数を50Hz、60Hz、100Hz、200Hzとした。鉄損を測定する際には2次側の波形をJIS C2550-1に示されているように正弦波になるように1次側の電流波形を変えている。そのため信号源の任意波形発生機能を利用する。

鉄損は磁性材料1kgあたりの損失であるため、測定する電磁鋼板のすべての重さは予め計量して制御PCソフトに設定する。

まず交流磁化特性をこの測定装置で測ってみると下図に示すように周波数の違いによってヒステリシス曲線の違いが生じる。周波数が高いほど損失が多くなっていることが判る。

図27. 交流磁化特性でのヒステリシス曲線の違い

図27. 交流磁化特性でのヒステリシス曲線の違い

次の測定条件を変えて鉄損を測定すると下図のようになる。鉄損測定では数値で電磁鋼板の損失を表すことができる。

図28. 1Tと1.5T時の鉄損測定の実測結果

図28. 1Tと1.5T時の鉄損測定の実測結果

鉄損測定を行う場合は損失によって発熱が生じるため、発熱による事故が生じないように注意が必要である。

単板試験枠を使った試験

エプスタイン試験枠を単板試験枠に取り換えることによって単板の試験を行うことができる。今回は下記の単板試験枠を使った試験環境を構築した。

図29. 実測試験に使った単板試験枠

図29. 実測試験に使った単板試験枠

この単板試験枠は空げき補償用コイルの組み方はエプスタイン枠とは異なるが、JIS C2556に示されている方法である。

単板試験枠を使った試験装置の仕組みは下記のようになる。

図30. 単板試験枠を使った鉄損測定装置の構成

図30. 単板試験枠を使った鉄損測定装置の構成

実際に構築した装置は下図のようになる。

図31. 単板試験枠使った実際の鉄損測定の測定環境

図31. 単板試験枠使った実際の鉄損測定の測定環境

最近の鉄損測定

エプスタイン試験枠や単板試験枠を使った磁性材料の測定方法は古くから広く行われており、測定法はJISなどの規格で定められている。しかし現在は磁性材料の実際の使われ方にあった新しい測定法が開発されている。モータに使われる電磁鋼板の特性を測定する新しい2つの事例を示す。

応力を加えての鉄損測定

モータはトルクを発生するものであるため、モータの電磁鋼板には応力が加えられる。電磁鋼板は応力を加えたときは特性に変化が生じるので、応力を加えることができる単板試験枠を使って鉄損測定を行う。

実際の測定装置は下記のような構造になっている。この装置で電磁鋼板に加える力はロードセルで検出するようにしている。また試験片に印加された磁界の強さはHコイルによって検出するようになっている。

図32. 応力を加えての電磁鋼板の鉄損試験装置の構成

図32. 応力を加えての電磁鋼板の鉄損試験装置の構成

注1)この鉄損測定装置では電力計と積分器に代わりにメモリレコーダを使った場合を示す
注2)この図では図の見やすさのために単ヨークとしているが、実際の装置では複ヨークとなる

ベクトル磁化特性の測定

モータは回転しているため磁界を受ける方向は常に変化するため、回転磁界を受けたときの鉄損を測定する要求があるため、回転磁界に対応した測定枠が開発されている。

図33. 回転磁界に対応したベクトル磁気試験枠を用いた鉄損測定装置の構成

図33. 回転磁界に対応したベクトル磁気試験枠を用いた鉄損測定装置の構成

ベクトル磁気特性技術研究所 (https://www.vector-magtec.jp/index.html) の榎園正人氏(大分大学名誉教授)は長年に渡ってベクトル磁気特性測定の研究をされて多くの論文を執筆されている。また榎園正人氏が執筆した書籍「ベクトル磁気特性技術と設計法(科学情報出版)」から詳細を知ることができる

電磁鋼板の測定トレーサビリティ

JIS C2550-1やJIS C2556では電磁鋼板の磁気特性を測定する装置への要求が示されている。この装置への要求を満足していることを認定する仕組みはJNLA(産業標準化法試験事業者登録制度)として存在している。

JNLA認定は測定装置がJIS規格に示された要求を満足しているか、および事業者のマネジメントシステムが適切であるかを認定するものである。JNLA制度で登録された試験事業者は下図に示す標章(ロゴ)の入った試験証明書を発行できる。但し測定結果のトレーサビリティを保証するものではない。

図34. JNLA標章(ロゴ)

図34. JNLA標章(ロゴ)

海外では国家計量検定機関が管理するエプスタイン試験枠を用いた測定装置を使って保有する基準試料の測定相関が国ごとに取れていることを検証できるようになっている。海外の状況を詳しく知る必要があれば「Measurements of magnetic materials(Fausto Fiorillo著)」に解説がされている。また、日本国内の鉄鋼メーカの電磁鋼板の測定トレーサビリティ確保については「HEV/EV駆動モータ用無方向性電磁鋼板とその利用技術(日本製鉄技報 第412号(2019))」に紹介されている。

海外で行われているように、日本の国家計量検定機関が管理するエプスタイン試験枠を用いて電磁鋼板の測定トレーサビリティの確保が国内でできることが期待されている。

おわりに

電磁鋼板は日本が世界をリードする工業材料であり、今後自動車の電動化が世界で進むとますます注目される工業材料になる。今回の記事が入門者にとって電磁鋼板の測定を理解するのに一助となることを期待する。また記事執筆にあたりメトロン技研からの多大な支援を頂いたことに深く感謝する。

執筆:横河レンタ・リース株式会社 事業統括本部 魚住 智彦

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