~ 8Kで目覚める、新しい世界 ~ 映像機器の開発を支えるアストロデザインのビデオ信号発生器
皆さんは、もう8K映像を体験しただろうか。2018年12月から 「新4K8K衛星放送」が開始されたので、楽しまれている方も居られるだろう。筆者は以前、NHK技研公開の8Kシアターで、フルスペック8K対応プロジェクタによる超高精細映像と、22.2マルチチャンネルによる3次元音響を体験したが、その圧倒的な臨場感と奥行きを感じさせる立体感は、今でも記憶に残っている。2020年は、東京オリンピック・パラリンピックが開催されるが、パブリックビューイング会場が設置され、超大型スクリーンによる8K映像が各所で楽しめるのではないだろうか。また、家庭でも市販のテレビで8K放送番組を視聴者が楽しんでいることが、期待されている。8Kプロジェクタやテレビの映像評価に欠かせないのが、デジタルビデオ信号発生器だ。本稿では、ビデオ信号発生器の業界で、草分けに属するアストロデザイン株式会社を取材し、最新モデルVG-879とVG-886の2機種について、広報制作室 大内彩世氏と、営業一部 大島直之氏に、話を伺った。
ビデオ信号発生器は、映像の基準器
映像関連機器には、映像を出す機器(ソース)と受ける機器(シンク)がある。ソースに該当する機器は、BD/DVDプレーヤやビデオカメラで、シンク機器は、テレビ、ディスプレイモニタ、ビデオプロジェクタなどだ。
ビデオ信号発生器はシンク機器に評価パターンを与える測定器で、言わば映像の基準器だ。例えば、白色やカラーパターンを発生し、テレビ画面などの「映り具合」を見る。映像情報メデイア学会などが作成した画質評価用画像ライブラリや、ユーザ自身の作成した画像パターンを出力することもできる。
映像の良し悪しを決めるのは、次の5大要素だ。1つは、解像度で、HD/4K/8Kと呼ばれ、画像の 「きめ細かさ」を決める。8Kで、画素(ピクセル)数は約3,300万画素(7680×4320)、4Kの4倍、HDの16倍の細かさがある。
2つめは、フレームレート。秒間120フレーム/秒(120pと表現:pはProgressiveの意)では、膨大な画素数を秒間120フレームでコマ送りすることを示しているので、60pに比べ、より 「なめらかな動き」となる。
3つめは、色域。色表現の領域の広さを示し、「あざやかな色再現」がどこまで可能かを決める指標だ。
4つめと5つめは、階調と輝度で、それぞれ「色のグラデーション」と「明るさの表現力」を決めるものだ。階調はビット深度とも呼ばれ、画素ごとの表示できる色の数を表している。12bit(4096)は、10bit(1024)より4倍の色数を再現可能。輝度は、表現できる明るさの範囲を指すが、HDR(High Dynamic Range)はSDR(Standard Dynamic Range)に比べ、100倍もの明るさ(陰影)を映し出せる。
ビデオ信号発生器は、これら映像の5大要素からなる多様なビデオ信号を発生する。例えば、8K/60p YCBCR 4:2:0(12bit)といった表記※1の信号が、信号発生器から出力され、テレビやディスプレイの評価に活用される。設計通りに、画像処理や階調表現が正しく行われているかを細かく評価する訳だ。
YCBCR 輝度信号Yと、2つの色差信号を使って表現される色空間。 〔4:2:0〕 YCBCRで帯域を減らす際に、色差成分を間引く方法も併せて使用される。人間の目は色の変化よりも明るさの変化に敏感なので、色差成分を減らしても不自然だと感じにくいためである。(ウィキペディアより)
VG-879とVG-886の特徴と活用シーン
ビデオ信号発生器は、多種多様なインタフェース規格をサポートしていなければならない。映像伝送規格が多数あるのがその理由。昔は、コンポーネントビデオ信号(アナログRGB)、コンポジットビデオ信号やDVIといった程度の規格をサポートすれば事足りていた。時代を経るにつれて規格が増え、最近では規格ごとの発生器が必要になってきた。プログラマブルビデオ信号発生器VG-879では、インタフェースはスロット形式が採用されていて、最大4つの出力ユニットが搭載可能なので、規格ごとに発生器を買い替える必要はない。VG-879の1台で、HDMI 2.1、V-by-One HS※2、12G-SDI※3、DisplayPort 1.2aなどの最新規格に対応できる。
TVは、業務用モニタなどとは違って、メーカごとに独自の色表現(色付け)がある。メーカは自社のパターンをVG-879に入れて出力して評価する。パネルメーカの液晶表示パネルなどは、パネルごとに駆動信号のタイミング仕様が異なるので、タイミングの振れ幅を変えるマージン検査が必要になる。フレームレートが59.94Hzのところを、59.93Hzにするなど、信号を乱して出すことができる。
一方の12G-SDI信号発生器VG-886は、小さな筐体だが、HD-SDI/3G-SDI/6G-SDI/12G-SDIのすべての出力に対応しているのが特長で、コストパフォーマンスのよい信号発生器である。放送局では、信号発生器からカラーバーをスタジオサブ(副調整室)のモニタに出しっぱなしにしておき、常時監視している。これは、カメラに切り替えたら、すぐに映せる(放送できる)状態であることの確認のためだ。VG-886は、筐体の小さいことと買い求めやすい価格から、スタジオ設備の構築や、映像関連機器メーカの製造現場・サービスでも使用されている。また、開発部門でも、最終段階の確認に、使われているそうだ。
V-by-One HS ザインエレクトロニクス株式会社が開発した映像伝送用のギガビットシリアル・インタフェース技術で、最大40bit/画素のデータを1ペアの差動信号に変換し、1ペアあたり最大4Gbpsまでの高速伝送に対応している。(ザインエレクトロニクスのホームページを参照)
SDI(シリアルデジタルインタフェース) ビデオ信号伝送規格の一つ。 標準画質の非圧縮デジタル映像とデジタル音声をBNCコネクタと同軸ケーブル1本で伝送できる。主として業務用ビデオ機器に採用される。(ウィキペディアより)12G-SDIは、4Kビデオ信号を非圧縮で伝送可能な、伝送速度12Gビット/秒以上をサポートする規格で、8Kは、4本で伝送。
価格は、デジタルビデオ信号発生器 VG-879が、本体220万円+1ユニット40~100万円、12G-SDI信号発生器 VG-886は、110万円。
ビデオ信号発生器の歴史は、アストロデザインとともにある
アストロデザインを訪れると、同社の歴史を物語るビデオ信号発生器の初号機VG-800が、玄関ロビーに飾られている。1980年製だから、会社創業後、約3年にして世に問うたことになる、世界初のプログラマブルビデオ信号発生器だ。
1985年には、日本放送協会(NHK)からHDTV関連機器の開発を依頼され、2000年頃からはNHKとスーパーハイビジョンの仕事を始めている。そういう中で、映像技術に磨きをかけ、今では、8Kカメラシステム、レコーダ、編集、変換、解析から、プロジェクタやモニタまで、8K制作に求められる技術や機材にワンストップで対応できるようになり、業界での8K映像機器メーカの地位を確立したという。
アストロデザインは、昔から速い信号を扱ってはいるが、HDの16倍、4Kの4倍という高速処理を必要とする8Kには、特に、回路や搭載デバイスに高度な技術が求められる。このため、関連機器の開発は困難を極めたが、現在では8Kに関する幅広い技術や経験を蓄積できたという。これからは、この8Kを基軸に、新しい分野にも積極的にチャレンジしていくとのこと。
8Kで目覚める、新しい世界
アストロデザインは、「8Kとは、HDや4Kの延長線上に語られるべきものではない」 と考えている。「映像技術の究極である8Kと、5G、AI、IoT、クラウド、3D、VR、AR、MR,ドローン、ロボット・・・・といった最新技術を組み合わせれば、更なる新しい価値が創造」されていくと、目論んでいる。
8K応用シーンの広がりを、同社のカタログ 『8K unveils reality ~8Kで目覚める、新しい世界~』 で、見てみよう(下表に要約)。
応用分野 | 内容 |
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8Kライブビューイング | スポーツや音楽イベントなど、熱気あふれるライブ会場から届けられるリアリティのある、きめ細かな超高精細映像を、世界中のあらゆる場所で、あたかも目の前に存在するように楽しむことができる。 |
8Kリモートミーティング | ビジネスを取り巻く環境の変化やスピードアップに伴い、リモートワークの必要性が増している中、微妙な表情の変化をも伝えられる8Kリモートミーティングは、迅速な意思決定を促進する。 |
8Kファサード | 商業施設やホテルのエントランスを8Kで彩ることで、訪れる人を魅了する。景勝地や季節の風景を映し出したり、美術品の魅力を余すところなく伝えたり、映像の入れ替えも容易で、見る人を飽きさせない。 |
8Kシミュレーション | デザインや質感の細部をリアルに表現でき、イメージと実物のギャップをなくす。自動車産業では3D CAD映像の投影、アパレル産業ではAR(拡張現実)との組み合わせによる「バーチャル試着」がスタンダードになるだろう。 |
サイエンス | 人間の目で捉えられる情報量を超えた8K映像は、昆虫や動植物の生態観察を通して、細かい変化を検知できることから、自然界の新たな発見につながることが期待できる。 |
コスメティクス | 美しい肌作りのための、質感の研究、化粧品の新開発、メイクアップ手法の検証や店頭のシミュレーションまで、8Kに裏打ちされた確かな美しさを提案できる。 |
データ解析 | 8Kビッグデータの分析により、スポーツ分野では、選手のパワーやスピードを数値化し、解析。農業分野では、ディープラーニングによって農作物の品質や育成状況を解析できる。 |
文化財アーカイビング | 希少な文化資産は、細部まで撮影、収録して、後世に残したい。現物をそのまま再現するかのような8K文化財アーカイビングは、文化の継承にも力を発揮する。 |
eスポーツ | 8Kの高解像度とより高いフレームレートは、プレーヤのみならず、ファンにとってもeスポーツをますますエキサイティングにする。 |
建設 | 高解像度のVRおよび8K映像を利用し、人が直接赴かなくても、工事現場や危険地域などの詳細な情報を取得でき、遠隔地からでも、現場にいるかのような作業を行うことができる。 |
館内共聴 | 豪華客船やホテルのような、閉じられた空間の中でオリジナルの8K映像を放映。リアルタイムの壮大な風景やイベントガイド、館内施設案内からマルチメディアコンテンツまで、多様なサービスを提供できる。 |
医療 | 8K映像では、4Kでは再現の難しい血管やリンパの流れ、縫合糸をしっかりと映し出す。人間の目を超えて、手術現場における医師の負担を軽減する。その場の空気をリアルに伝え、遠隔診断、遠隔治療でも有効である。 |
いずれのアプリケーションも、8K の圧倒的な情報の量と質を十分活かすアプリケーションだ。私たちの身近で、次々と現実のものになっていくことだろう。
おわりに
最後に、ビジネス状況について、お話を伺った。アストロデザインの国内:海外売上の比率は、60:40(今年度予想)で、 国内はTV生産台数の減少の影響を受け、横ばい傾向で、海外は韓国、中国が多く、最近は、プロジェクタメーカからの需要が増える傾向。医療分野では、高精細化(X線撮影装置などの高画質化)ニーズが高まり、ディスプレイメーカが、医療向けモデルを、新製品に刷新しているようで、HDから4Kに置き換わろうとしている。前述した8K応用が広がるには、インフラ整備が必要。たとえば8K、60p、4:2:2、10ビットの映像を送るには、計算すると48Gビット/秒の伝送になり、カテゴリ7でも性能不足となる。
計測器の開発は、デバイスメーカ、機器メーカと一体となって行う必要がある。最新規格に対応した計測器を、早い時期に要求されるので、苦労は多いが、大企業が参入をためらうハイエンドニッチ(High end niche)で、技術的難易度の高い市場へのチャレンジは、アストロデザインの真骨頂でもある。
お話を伺って、アストロデザインが8K にかける熱い想いが伝わってきた。映像技術にさらに磨きをかけ、新しい分野にも積極的にチャレンジする姿に注目していきたい。
主な仕様
VG-879 |
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特長 |
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インターフェースボード |
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機能 |
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VG-886 |
特長 |
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出力フォーマット |
(※ 12G-SDI Dual-Link出力は参考扱い) |
パターン |
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