技術情報・レポート

2021/11/15

トレーサブルな体表面温度測定~チノーThermoview赤外線サーモグラフィカメラ

株式会社チノー(以下チノー)は1936年設立で、温度を中心とした制御・計測・監視の機器を産業分野に提供している老舗企業である。製品群は記録計、温度測定器、計装関連機器と多岐にわたるが、特に温度関連はセンサから温湿度計、放射温度計、熱画像計測装置、温度校正器などラインアップが多い。2020年初からの新型コロナウイルスの感染拡大の中で、国家温度基準にトレーサブルな高精度でありながら、使い方が大変簡便な人体表面温度の監視用赤外線サーモグラフィカメラThermoview(サーモヴュー)を発売した。センサ市場開拓統括部 部長 宮井浩行氏に、熱画像計測の概要、キーとなるトレーサビリティ、今後の展望などを伺った。

温度測定器とは

温度を計測するセンサには、被測定物に直接接触してその「熱伝導」で温度を測定する接触式の熱電対や測温抵抗体などがあり、これらのセンサを組み合わせた温度調節・記録計システムや一体化した携帯形温度計、温度ロガーなどの温度計測器がある。脇の下に挟む体温計などの接触式は、熱伝導によって測定対象とセンサが同じ温度になるのに一定の時間がかかる。被測定物が高温や回転・移動体、小さい物体など、接触して測定することが困難な場合には「熱放射」を利用した非接触式の放射温度計やサーモグラフィカメラが使われる。非接触式は瞬時に計測できるので接触式より速く簡便である。放射温度計は赤外線技術を利用して非接触で被測定物のスポット温度を計測するが 、面の温度を測定し熱画像で表示するものをサーモグラフィカメラ(熱画像計測装置)※1と呼ぶ。非接触式の原理は赤外線の放射エネルギーをセンサで受けて、温度に換算している。

※1

サーモグラフィー、赤外線サーモグラフィ、サーモカメラなど複数の表現がある。一般に「放射温度計」というと1点の温度を測定して表示するもの、「サーモグラフィ」は温度分布を色で画像表示するもの、と区別される。メーカによっては放射温度計を広義にとらえて、サーモグラフィも放射温度計に含めている場合もある。

図1 電磁波と熱放射

図1 電磁波と熱放射

図2 非接触式温度計の種類

図2 非接触式温度計の種類

サーモグラフィカメラは赤外線検出素子の技術の進歩などにより、この10年で小型化、精度向上、低価格化し、産業界や一般・民間製品へ普及した。最近はインフルエンザや新型コロナウイルスなどの流行に伴い、サーモグラフィカメラで人物の体表面温度を測定して、空港や会場の入口で検査を行う機材として設置が進んだ。

チノーの非接触式温度計

チノーは「計測」・「制御」・「監視」機器を研究・開発・製造しているメーカだが、「計測」では温度センサ、放射温度計、サーモグラフィカメラの3製品を作っている。センサ製品は接触式と非接触式の両方を開発してラインアップしている。温度の計測・制御については1913年の創業から100年以上の歴史がある。サーモグラフィカメラは1980年という早い時期に初号機を発売している。赤外線センサと冷却装置、画像処理用PCによる熱画像計測システムを開発し、その後、光学カメラと赤外線センサ、演算プロセッサを一体化したCPA-Lシリーズの初号機を2005年に発売した。2016年にはチョッパーレス※2仕様の固定形熱画像計測装置CPA-L3シリーズを、翌2017年には小形でIoT対応のCPA-L4シリーズを発売し、現在の主力機種はこの2モデルである。

※2

シャッター機構がないこと。サーモグラフィカメラは周囲温度の変化によりセンサへの入射光条件が変化するため測定中に校正をしている。機械的にシャッターを閉じて行うので、その間の約1秒は測定できない。生産ラインの温度監視ではこれが許されず、チョッパーレスが使われる。

Thermoviewの製品概要と特徴

昨年、新型コロナウイルスの国内感染の拡大により、公共施設や大企業で発熱者の早期発見の需要が高まり、CPA-L4シリーズをベースにした体表面温度測定に特化した専用機種Thermoview CPA-L25TVを2020年4月に発売した。CPA-L4シリーズの信頼性の高い基本性能をそのまま継承し、室温から体温までを高精度で計測できるよう国家の温度標準にトレーサブルな校正機器を使用して目盛付けされている。また発熱の疑いの有無を的確に瞬時にスクリーニングできるよう、顔認識機能や体表面温度から体温を推定する機能などソフトウェア開発にも力を入れ、運用面でも利便性を高めた。温度計測の技術的根拠と温度精度を保証するトレーサビリティ※3を確立しているため、検温用や体温測定用サーマルカメラ※4として国内外の各社から多数販売されている安価な製品とは一線を画すと考えている。

※3

(traceability)測定結果が校正手法によって国際(国家)標準につながっている(トレース可能である)こと。

※4

サーモグラフィカメラはサーマルカメラとも呼ばれる。防犯カメラメーカやITベンチャー企業の製品名はサーマルカメラが多い。

図3 Thermoviewの構成

図3 Thermoviewの構成

特徴として、電源ONするだけで監視システムが駆動する簡便さ、シャッター機構が無いため絶え間ない人の動きを連続監視して欠測しない、などがあるが、特筆する機能を以下に3つ紹介する。

1.顔認識

顔認識により測定対象を人物に特定することで、顔認識エリア以外の背景温度による測定誤差の影響を除去する。背景の高温物体による誤計測を防止できる。人物が重ならないことを条件に、同時に最大5人まで、マスク着用でも顔認識が可能である。顔を認識した場合、エリアを表示してそのエリア内の最高温度を画面左上に、人数分の温度値をデジタル表示する。

図4 5人顔認識の例(距離3m)

図4 5人顔認識の例(距離3m)

2.体温推定

「体表面温度」では一般のユーザがわかりにくいという声に応え、AIアルゴリズムにより体表面温度から実体温に近似させた結果を算出し「体温」で表示する機能を持つ。体表面温度と周囲温度、検温実検データなどによる独自アルゴリズムで体温推定をしている。体表面温度に対して放射率補正を行い、推定した体温に対して警報判定を行う。体温推定結果に対して補正を行っていないことが重要である。

図5 体表面温度から体温推定値へ

図5 体表面温度から体温推定値へ

図6 体温と体表面温度の差のモデル化

図6 体温と体表面温度の差のモデル化

3.アイソサーモ

温度の高い部位のみ赤色表示させることで視覚的判断を容易にする機能である。カラースケールに設定温度範囲を表示し、体表面温度の高い部位を映像表示するので、素早く目視で温度を確認・判定できる。アイソサーモの温度設定をすると、顔認識機能と組み合わせて顔認識エリア内の最高温度部位が色表示される。

図7 アイソサーモ設定33℃~38℃(赤色)の例

図7 アイソサーモ設定33℃~38℃(赤色)の例

非接触式温度計のトレーサビリティ

チノーは温度計測における技術的根拠を明確にして、温度精度を保証する生産体制を確立している 。国家の温度標準を支える様々な基準器を産業技術総合研究所と共同開発・生産し、国家にトレーサブルな校正機器を使用して製品の目盛付けを行っているJCSS※5認定事業者である。

※5

(Japan Calibration Service System)計量法に基づく日本の校正事業者登録(認定)制度

接触式の温度センサや放射温度計は校正方法が規定されトレーサビリティ体系が世界的に確立しているが、サーモグラフィカメラは規格が標準化されていないため、各メーカの校正条件は同じではない。校正を独自の条件で実施したとしても、基本的に校正に使用する機器が国家にトレーサブルか否かが校正精度の真価である。校正業務自体は機材があればできるが、製品の校正精度をどう担保しているのかをユーザに問われた場合、国家につながっていることが唯一、最大の証となる。サーモグラフィカメラをトレーサブルと謳っているメーカは、知る限りチノー以外には無いと認識している。各社の営業方針もあり真意はわからないが、サーモグラフィカメラのカタログ精度を担保できる校正方法が社内で確立できていないのではないかと推測される。

図8  JCSS校正体系(非接触式温度計)

図8 JCSS校正体系(非接触式温度計)

放射温度計をはじめ赤外線技術を利用した温度計測機器には、温度の校正方法を規定したJISがある。その規格に準拠した方法で放射機器の目盛校正精度を維持管理するために、基準となる標準用放射温度計がある。放射温度計は400 ℃~2800℃の範囲で定義されている。400℃以下の低温は接触式の標準用白金測温抵抗体と低温の黒体炉を使用して校正を行う。放射温度計で400℃~2800℃のJCSS校正が実施できるのは国内ではチノーだけである。

図9 トレーサビリティ体系図(サンプル)

図9 トレーサビリティ体系図(サンプル)

チノーでは有料の熱画像トレーニングスクールを開催している。日本非破壊検査協会の審査・認証を受けた講習会で、国際的な認証であるISO18436-7機械状態監視診断技術者(サーモグラフィ)に基づいた訓練となっている。専門知識を持つ技術者養成のために品質の高い訓練を提供し、赤外線の基礎から測定・解析方法によりカテゴリーⅠからⅢまである。最近は国内でもカテゴリーⅠ(測定者)習得者が年々増えている。

販売計画と今後の展望

チノーはこれまで同社が得意とする工業計測器の用途で、正確な温度計測を求める顧客にサーモグラフィカメラを提供してきた。Thermoviewは発熱疑いの人のスクリーニング向けだが、安価なサーマルカメラと競合するのではなく、ハイエンドのシェアを目指している。Thermoviewのメーカ標準価格は1式180万円で、販売台数は約200台/年を計画している。サーモグラフィカメラのトップメーカは日本も含めて世界的にFLIR社で、一般用途ではNo.1である。国産メーカはチノーの他にもう1社あり、特定分野ではシェアが高い。チノーは産業用途では3割程度のシェアを持っていると考えている。今後も産業用に特化した製品を開発し、ユーザのアフターフォローまでを視野に、量販・売り切りではない販売を続ける。

近未来のデジタル化、AI による社会構造の転換に向け既に産業界の各企業はIoTに舵を切っている。特に温度計測の分野は脱炭素社会に向け、管理指標としてより一層の精度を求められている。コンピュータやソフトウェアの技術が革新的に発展しても、正確なセンシングができないと温度の計測や管理は難しい。温度を正しく計測するには、市販されているセンサ商品をPCにつなぐという単なる組み合わせでは済まず、計測技術の蓄積が必要となる。チノーは正しい温度測定をするセンサにこだわり100年以上も技術を磨いてきた。非接触分野でもセンサ開発を軸に、高精度で拡張性を持ったIoTセンサ製品の開発を進めていく。

おわりに

発熱者検知用と称したサーモグラフィカメラは2020年度でおよそ8万台が普及したという調査報告がある。サーモグラフィカメラは赤外線の放射測温技術を担保する基準器で校正されないと、仕様・性能を保証するエビデンスが提示できない。人の健康管理用の補助機器として、トレーサブルでないサーモグラフィカメラは相応しくないというのがチノーのポリシーである。今後も同社の高精度な温度測定に期待が寄せられている。

宮井 浩行 氏

宮井 浩行 氏

主な仕様

機種 CPA-L25TV CPA-L50TV
温度測定範囲 0~50℃
測定温度誤差 ±0.5℃以内
視野角 水平25°×垂直19° 水平50°×垂直37°
フレームレート 60Hz
映像出力 アナログRGB(VGA端子)
発熱判定信号 無電圧接点 2点
電源 24V DC(フリー電源付属)

製品一覧

製品名 形式 仕様
本体 CPA-L25TV 視野角:25°
温度測定範囲:0~50℃
CPA-L50TV 視野角:50°
温度測定範囲:0~50℃
Thermoview基本セット CPY-XX 電源ケーブル10m、警報出力ケーブル10m、通信ケーブル10m、
外部モニタ、警報ユニット、三脚、映像出力ケーブル10m
Thermoview基本セットⅡ CPY-XX 電源ケーブル5m、警報出力ケーブル5m、通信ケーブル5m、
外部モニタ、警報ユニットⅡ、三脚、映像出力ケーブル5m

Thermoviewの製品カタログは こちら(会員様専用)

取材協力:

株式会社チノーの製品ページは こちらから