モータスポーツにもカーボンニュートラルの波~走る実験室として発展
2020年10月にホンダは2021年シーズンをもってF1(Formula One)※1から撤退すると発表しました。最近では、BMWやアウディがFIA※2フォーミュラE世界選手権から撤退すると発表しました。さらに、VWはモータスポーツ部門を見直しました。各社の説明では、電動車の開発へ資源を集中するとなっています。しかしながら、各社とも全てのモータスポーツから撤退したのではなく、継続するカテゴリもあります。モータスポーツはこれまでも厳しい環境条件や経済状況などを何度も乗り越えてきました。コロナ禍の影響により、開催延期や中止、無観客での開催を余儀なくされていますが、今後も、モータファンの喜びを実現するために、置かれている状況に対応しながら発展していくでしょう。また、昨今のカーボンニュートラルの命題に対してもモータスポーツは種々の対応を提示しています。
本稿では、モータスポーツのカテゴリを、FIAが統括するものや日本メーカが参加するものを表にしました。各カテゴリ(F1、フォーミュラE、インディカーなど)ごとに特徴を概説します。デジタルモータスポーツや2輪車の例も示します。また、カーボンニュートラルに対応する電動化の関連技術について解説します。最後に車両開発に関連する計測器類を紹介します。
《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。モータスポーツのレギュレーション等については最新でないこともあり得ます。既に廃止や禁止されている技術も含まれます。また、本稿に記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。》
世界選手権のFormula OneをF1と呼称している。
フランス語 Fédération Internationale de l'Automobileの略称。国際自動車連盟。
モータスポーツのカテゴリ
モータスポーツは一般車の走行条件とは大きく異なるので、各種のレギュレーション※3によって車両の仕様や競技の運営などが定められています。また、世界中から競技に参加するのでレギュレーションの統一化が必要となります。そのレギュレーションなどを統括する組織がFIAで、1904年にパリで設立された非営利の団体です。
日本語では規則を意味する。英語では「regulation」と「rule」が該当する。違反すると罰則を伴うので、「rule」ではなく「regulation」となる。
FIAの環境方針は、「2030年CO2排出量ゼロ、環境への影響を減らし、持続可能なイノベーションをリードする」となっています。FIAのもとへ、各国のモータスポーツ組織(245団体2021年9月時点)が参加しています。日本ではJAF(Japan Automobile Federation 日本自動車連盟)が参加しています。FIAが統括しているカテゴリは表1(一部を表記)です。近年のゲームブームに対応するため、デジタルモータスポーツが2018年に新設されました。
詳細はFIAのサイトをご覧ください。https://www.fia.com/
日本ではFIAのルールに準拠しJAFが公認した各種のカテゴリでレースが開催されています。また、日本独自のレースも開催されています。日本で開催されている主要なカテゴリや日本車が参加しているレースは表2です。
カテゴリの紹介
主要なカテゴリの特徴を説明します。
1 F1(フォーミュラワン世界選手権)
車両に関する規定だけでなく、チームの体制や予算まで定められています。チームの費用は2015年頃には上位チームで500億円以上と推測されていました。資金力による優劣を抑えるため、2021年から財務に関する規定が導入され、年間1億4,500万ドルに制限されています。但し、ドライバの年俸やエンジンなどのパワーユニットの開発費は含まれていません。
2 ラリー
主に一般道で行なわれます。タイムの速さを競うレースです。舗装されていない道路や雪道など過酷な環境下で開催されます。世界選手権ではトヨタ車が活躍しています。2022年から最上位のカテゴリではハイブリッドシステムと100%サステナブル(持続可能)な燃料が導入されます。この燃料はe-fuelと言われる合成燃料※4とバイオ燃料が配合されています。
CO2と水素とを合成して製造される燃料。特に再生エネルギを活用して精製された水素を用いた場合はe-fuelと言われる。
3 ラリークロス
サーキットレースとラリーの要素を合わせたレースです。一部が舗装されたサーキットで開催されます。ヨーロッパでは人気のレースです。FIAが統括する世界選手権では、2022年からEV車のレースとなる予定です。
4 フォーミュラE
2014年からスタートしました。専用のマシーンにモータを搭載し、バッテリだけで走行するレースです。専用のサーキットだけでなく、市街地などを閉鎖したコースでも行われています。車両を同じ条件することが基本要件なので、各部品を開発する制約はありますが、モータやインバータなどは各チームが独自に開発しています。バッテリの容量から走行距離が影響を受けるのでレースでは45分+1周のタイムレースとなっています。ブレーキ時の回生機能が導入されているので、電気システムでの効率化が勝敗に影響します。日本からは日産が参加しています。
5 インディカーシリーズ
FIAが統括しないアメリカを代表するカテゴリです。1994年にスタートしました。2003年に他のカテゴリを吸収し最高峰のシリーズとなりました。日本のNTTが冠スポンサとなっています。日本人ドライバの佐藤琢磨が「インディ500」で日本人として初めて勝利しました。その後、2勝目を達成したことが話題となっています。シリーズ戦の「インディ500」はF1モナコグランプリ、ルマン24時間とともに世界3大レースと言われています。車体はイタリアのダラーラ社が開発した専用品を使っています。エンジンを供給するサプライヤは現時点、ホンダとシボレです。
6 カート
レース専用に作られたレーシングカートで競われるレースです。
7 デジタルモータスポーツ
オンラインで行うモータスポーツのゲームです。「グランツーリスモチャンピオンシップ」がFIAに認定された競技として開催されています。
国際オリンピック委員会(IOC)が主導する仮想スポーツのOVS(Olympic Virtual Series オリンピック仮想シリーズ)にも参加しています。グランツーリスモの他に4種目(自転車競技、ボート競技、ヨット競技、野球競技)が計画されています。グランツーリスモはポリフォニー・デジタル製、野球はパワプロ(Powerful Pro Baseball コナミ製)です。
8 国内でのEVレース
2010年3月に設立された日本電気自動車レース協会(JEVRA)が主催するEVレース「全日本 EV-GP SERIES」が毎年6戦ほど開催されています。BEVだけでなくPHEVやFCVのクラスも設けられています※5。詳細は日本電気自動車レース協会のサイトをご覧ください。http://jevra.jp/
BEV(Battery Electric Vehicle バッテリを動力源とする電気自動車)、PHEV(Plug-in Hybrid Vehicle 外部から充電ができるハイブリッド車)、FCV(Fuel Cell Vehicle 燃料電池で発電する電気自動車)。詳細は本サイトの記事をご覧ください。2020年12月公開記事:「電動化システムの主要技術と規制動向~進展するxEVの現状と今後」
https://www.techeyesonline.com/tech-eyes/detail/TechnologyTrends-2012/
9 電動化の新カテゴリ
FIAは2021年4月に2023年からの開催を目指して、新たなカテゴリの概要を発表しました。GT3カテゴリをベースにフル電動化される車両です。2輪駆動、4輪駆動の選択に合わせて、2モータもしくは4モータを選択できます。バッテリの急速充電などの技術も導入されるようです。
4輪だけでなく、2輪でもモータスポーツが盛んに行われています。
10 ロードレース
サーキットなどの舗装された道路のコースで行います。日本では鈴鹿の8時間耐久レースなどが有名です。
11 モトクロス
舗装されていないオフロード専用のコースで行います。
12 トライアル
設定されたセクションというコースを、足をつかずに走り抜けるかを競います。
電動化に関連する技術
モータスポーツにおけるエレクトロニクスの技術は日々進化しています。その中で、特長的な技術を紹介します。
1 F1の電動化技術
量販車で例えればバイブリッドシステムとなっており、ターボエンジンと2種類のエネルギ回生システムで構成されています。ターボエンジンは排気量1.6L、最高回転数は15,000rpm以下に規定されています。F1用エンジンの熱効率は市販の自動車以上と言われています。熱効率を40%とすると残りの60%はエネルギとして捨てていることになります。その内、排気からエネルギへ変換する仕組みがMGU-Hとなります。また、制動時にブレーキの熱エネルギを電気エネルギへ変換する仕組みが、MGU-Kです※6。システム構成は図8です。なお、各部品には年間で使用できる台数が規定されています。
MGUはMotor Generator Unitの略。-Kはkinetic(運動)、-HはHeat(熱)。
・MGU-K
エンジンに直結されています。制動時の運動エネルギを回生して電気エネルギへ変換し、バッテリへ蓄電します。エンジンをアシストする時は駆動モータとして作動させます。
・MGU-H
エンジンの排気エネルギでタービンを回してコンプレッサにより過給し吸入空気の密度を高めてエンジンの出力を増大させる過給機能に加えて、コンプレッサの回転軸に直結されている発電機を回して、排気エネルギを電気エネルギへ変換する機能がMGU-Hです。発電したエネルギはバッテリに蓄電し、エンジンをアシストする場合は、MGH-Kへエネルギを送ります。スタート時や加速時などで、コンプレッサの加圧が必要な場合は、駆動モータとして機能させ、ターボの欠点であるターボラグを解消させます。余談ですが、F1ではエンジンが自然吸気からターボ化、排気エネルギの回収、最高回転数の抑制により、排気音が小さくなりF1らしくないとも意見があります。排気音を大きくする案(最高回転数の上限を上げる。排気管の形状を見直す。マイクで集音してアンプで大きくする。など)が検討されているようです。
F1は細部にわたってレギュレーションで規制されています。エンジンだけでなく、燃料や潤滑油、タイヤなども対象となっています。このことが、走る実験車と言われるゆえんでしょう。
2 エタノール燃料
電動化の技術ではないですが、カーボンニュートラルの観点で紹介します。エタノール燃料はバイオ燃料の一種です。バイオ燃料とは、動植物から生成される燃料です。エネルギのライフサイクルで言えば、CO2の排出と動植物によるCO2の吸収がプラスマイナスゼロになります。ブラジルでは1930年ごろからガソリンと混ぜて販売されています。欧州でも販売されています。「E85」と表示されている場合は85%がバイオエタノール燃料です。
モータスポーツでも環境に配慮することが求められてきたので、インディでは2007年からバイオエタノール燃料になりました。当初はバイオエタノールが100%でしたが、その後、ガソリンが加えられています。火災発生時に炎が見えるようにするためのようです。ルマン24時間をはじめ、世界耐久選手権(WEC)でも来年から100%再生可能燃料を導入することになりました。従来の燃料に比べて、CO2の排出量を65%以上減らせるとのことです。ワインの残渣を原料として製造されます。
https://www.24h-lemans.com/en/news/key-engagemans-figures-from-the-89th-24-hours-of-le-mans-55621
3 水素エンジン
トヨタが水素エンジンで5月21日富士スピードウェイ スーパー耐久シリーズ第3戦「NAPAC富士SUPER TEC24時間レース」に参戦し完走しました。トヨタ 豊田社長がドライバ「モリゾウ」として参加しました。「モリゾウ」は豊田社長のドライバとして活動する際の呼称です。水素は福島水素エネルギ研究フィールド(FH2R)で製造したものも使用しました。FH2Rでは太陽光発電のエネルギで水を電気分解して水素を製造します。FH2Rに関する情報は 本サイトの記事(*) で紹介しました。
2021年9月公開記事:「電動化の進展 ~カーボンニュートラルに向けた動向」
https://www.techeyesonline.com/tech-eyes/detail/TechnologyTrends-2109/
水素エンジンはCO2を排出しないのでカーボンニュートラルに貢献する技術ですが、エネルギ変換の観点で言えば、水素エンジンで熱エネルギ化し、走行するための機械エネルギへ変換する場合、熱エネルギの半分位しか取り出せないことが課題です。また、ガソリンエンジンと同様に空気中の窒素と酸素とが反応して生成される窒素酸化物(NOx 通称 ノックス)は規制対象ですので、市販される場合はNOx除去装置が必要となります。
4 ステアリング
最近のモータスポーツ用車両では、競技中のほとんどの操作をステアリングホイールと各種のスイッチなどで行っています。F1では、30種類以上の機能や表示が行われています。表4は代表的な機能の一覧です。
関連計測器の紹介
その他の製品や仕様については 計測器情報ページ から検索してください。
おわりに
モータスポーツはいかにして早く走るかを競うかを基本としていますが、新型コロナ禍やカーボンニュートラルに向けて、活動に制約がある中、技術革新やモータファンを楽しませるためのスポーツとして今後も発展していくでしょう。
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