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パワーステアリングの進化 ~自動運転に欠かせない電動パワーステアリング

パワーステアリングとは、運転者がハンドルを操作することを補助(以下 アシスト)する機構です。自動車の基本的な機能である「走る」「曲がる」「止まる」の内、「曲がる」を実現する重要なシステムです。ハンドル操作を油圧で補助する油圧式パワーステアリング機構が導入され、ハンドルの操舵力が軽減されるようになりました。近年では、環境面の要求から、軽量化や燃費を向上させるために油圧から電動化へ移行してきました。また、自動運転においては「曲がる」をつかさどるために必要なシステムです。

本稿では、まずパワーステアリングの歴史と構造を概説します。次に普及率が高まっている電動パワーステアリングについて方式、構成、制御の順に説明します。コラムアシスト式など3つの方式を図解し、長所と短所を述べます。最後に今後の方向性と、パワーステアリング開発で使用される計測器の一例を紹介します。
《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。また、本稿に記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。》

パワーステアリング導入の背景

パワーステアリングシステムの歴史は古く、1920年頃に軍用車などの特殊な車両に適用され、1950年代には米国の量産車で採用されています。米国の車両は大型のため、運転者のハンドル操舵力を軽減するために採用されたと推察されます。その後、世界各国での採用が進みました。自動車の生産数に対する適用比率は、各所の情報によると、後ほど述べます電動パワーステアリングを含めると、日本では80%、世界でも70%位あるようです。将来的には全ての自動車で採用されると見込まれています。

パワーステアリングシステムのサプライヤとしては、JTEKT(日本)、NSK(日本)、日立Astemo(日本)、KYB(日本)、Bosch(ドイツ)、ZF(ドイツ)、ティッセンクルップ(ドイツ)、Nexteer(米国)、Mando(韓国)などが有力です。中国市場では、民族系のサプライヤが力をつけてきています。

パワーステアリングの構造

パワーステアリングの方式は3タイプあります。油圧式、電動油圧式、電動式(以下 電動パワーステアリング)です。それでは、3タイプの構造について説明します。

1 油圧式

ステアリングシステムを構成する主要な部品は、オイルポンプ、コントロールバルブ、シリンダ、ピストン、オイルリザーブタンクです(図1)。オイルポンプはエンジンからベルトで駆動され油圧を発生します。オイルポンプは常に回転しています。ハンドルの操作に応じて、コントロールバルブによってシリンダ内の左右どちらに送るかの振り分けを制御する機構が備わっています。

図1 油圧式パワーステアリングの構造
図1 油圧式パワーステアリングの構造

油圧式パワーステアリングのメリットは、

  • 1)長い歴史があるので、技術が確立されている。
  • 2)汎用的な機構部品なので安価に生産が可能である。
  • 3)構成する部品点数が少ないので、品質が安定している。
  • 4)出力を高く発生できるので、重量のある大型車にも使用可能である。
  • 5)操舵した時のフィーリングが自然である。

一方、油圧式のデメリットは、

  • 1)油圧系の部品を使うので部品の劣化に伴うオイル漏れの可能性がある。
  • 2)エンジンがかかっている間は、常に油圧ポンプが作動するので燃費に影響する。
  • 3)エンジン回転数と発生する油圧が比例の関係にあるため、停車時や低速では、十分なアシストを得られないことがある。

デメリットで挙げた、エンジンの回転数に油圧が依存することを改善するために、油圧ポンプの負荷状況に応じて、エンジンの回転数を上げたりする方策も導入されましたが、アシスト力を車速に合わせてECU※1で制御する車速感応型も導入されました。

※1

(Electronic Control Unit) 制御ユニット 

2 電動油圧式

油圧系は基本的に油圧式と同じですが、油圧ポンプをエンジンでは回さずに、モータで回します。また、油圧の制御をECUによって行うので、車速に応じた操舵力の制御などが可能です。油圧ポンプを必要な時に回すので油圧式に比べて燃費の改善につながります。また、アシスト力を高められることから、重量のある大型車で採用されています。

3 電動パワーステアリング

電動パワーステアリングは油圧を使わずに電動モータでハンドルの操舵をアシストするシステムです。ここで、日本における電動パワーステアリングの歴史を紹介します。

1986年に日本精工(NSK)がバッテリーフォークリフト用として世界最初の電動パワーステアリングを実用化しました。1988年に光洋精工(現JTEKT)製がスズキ セルボで乗用車として世界で初めて採用されました。なお、最初の電動パワーステアリングはアシストする機構部に電磁クラッチが設けられていたようです。アシストが必要な低速走行時だけ作動させます。車両の速度が高まると、軽自動車では操舵力が軽くなるので、アシスト機構を切り離します。1990年に電磁クラッチをもたない、現在の電動パワーステアリングと同等なフル制御と言われている方式がホンダ NSXで採用されました。電動パワーステアリングは操舵する時のアシストが必要な時だけ作動するので、油圧式に比べて省スペースだけでなく、燃費向上につながる技術として油圧式の性能を上回りました。以降、多くの車種が電動パワーステアリングへ移行しています。

電動パワーステアリングは2000年代に入ってから、急速に普及してきた技術です。システムは、モータ、モータのトルクを増大させる減速機、操舵力を検出するトルクセンサ、操舵角を検出するハンドル舵角センサ、車両の速度とそれらの入出力信号を処理し、モータを制御するECUで構成されています(図2)。各構成部品の機能については 「電動パワーステアリングシステムの構成」の章で説明します。

図2 電動パワーステアリングの基本構成
図2 電動パワーステアリングの基本構成

電動パワーステアリングのメリットは、

  • 1)動力源がモータなので、必要な時に駆動するため燃費を改善できる。
  • 2)油圧ポンプや配管が不要なため、省スペース化が可能である。
  • 3)構成部品はモータやECU、センサ類と汎用的な機構部品なので車両間での共有化が可能である。

一方、デメリットとして、

  • 1)油圧式と比較するとアシスト量を増やせないので、重量級大型車には不向きである。
  • 2)大電流を使うため、容量の大きなバッテリーやオルタネータが必要である。
  • 3)操舵感が油圧式に比べて違和感があると言われている(ただし、最近は改善されている)。

電動パワーステアリングはモータが実装される位置により、大きく分けて3つの方式があります。コラムアシスト式、ピニオンアシスト式、ラックアシスト式です。各方式については、次の「電動パワーステアリングの方式」で説明します。3方式の使い分けは、車両の大きさ、搭載位置の制約、仕向け地等で決められているようです。コストとアシスト力との関係にはある程度の相関がありますが、車両メーカの考え方によって方式の指向があるようです。車両の大きさと方式の関係について一般的な考え方を示します(図3)。

図3 アシスト方式と車両の大きさ
図3 アシスト方式と車両の大きさ

電動パワーステアリングの方式

1 コラムアシスト式

車室内のステアリングシャフトのコラム部にモータと減速ギヤ、トルクセンサを実装しコラムシャフトを駆動します(図4)。

  • 長所:モータが車室内にあるため、防水性に有利。軽自動車や小型車で主に採用されている。
  • 短所:コラム部のレイアウトに制約があるので、モータの大型化、つまり大出力化が難しい。乗員に近いので、作動時のノイズが発生しやすい。
図4 コラムアシスト式の構造
図4 コラムアシスト式の構造

2 ピニオンアシスト式

エンジンルーム内にある、ピニオンケースにモータを実装し、ラックにかみ合うピニオンギヤを駆動します(図5)

  • 長所:操舵感がコラムアシスト式より良い。コラムアシスト式より高出力化しやすい、小型車から大型車で主として採用されている。作動ノイズが小さい。
  • 短所:防水対策が必要である。
図5 ピニオンアシスト式の構造
図5 ピニオンアシスト式の構造

ダブルピニオン式と言われている、ハンドルから入力されるラック&ピニオンギヤとは別の位置にラック&ピニオン機構を設けてモータを実装するタイプもあります(図6)。

図6 ダブルピニオン式の構造
図6 ダブルピニオン式の構造

3 ラックアシスト式

エンジンルーム内にあるステアリングのラック部にモータとボールねじを実装し、ラックを直接駆動します(図7)。ボールねじ部をベルトで駆動する方式やモータの内部にボールねじ部を構成しモータで直接駆動する方式があります。

  • 長所:ピニオンアシスト式よりも高出力化しやすく、主として大型車で採用されている。ラックを直接駆動するので、操舵感が良好になると言われている。モータが車室内にないので、作動ノイズが小さい。
  • 短所:防水対策が必要である。コストが高めである。
図7 ラックアシスト式の構造
図7 ラックアシスト式の構造

電動パワーステアリングシステムの構成

電動パワーステアリングシステムを構成する要素はモータ、モータ角度センサ、トルクセンサ、ECU、CAN経由の各種信号で構成されています(図8)。それでは、ECUを構成する主要な要素(図8の黄色)について説明します。

図8 ECUの基本構成
図8 ECUの基本構成

1 モータ

電動パワーステアリングが導入された当初のモータはブラシ付きDCモータでしたが、機能安全規格(ISO26262)対応、操舵力の性能、操舵時のフィーリング等の要件から制御性の高いブラシレスモータへ移行しています。

2 モータ角度センサ

モータのロータ回転角度を検出するためのセンサです。かつてはレゾルバが主流でしたが、コストダウンのため、ロータに磁石を設置し、MR(Magneto Resistance) センサで回転角度を検出する方式が主流となっています。

3 CAN

モータを制御するために必要な情報(車速、ハンドル舵角など)を他のECUから受信します。

4 マイクロコントローラ

機能安全規格(ISO26262)対応のため、ロックステップデュアルコア方式が採用されています。マイクロコントローラ内のコアが並列に動作し、動作が一致しない場合は故障と判定します。

図9 ロックステップデュアルコア方式
図9 ロックステップデュアルコア方式

5 トルクセンサ

ハンドル操作によるシャフトのねじれを電気信号に変換するセンサです。磁歪式センサ※2などが採用されています。

※2

強磁性体にねじれが発生すると透磁率が変化する現象を活かしたセンサ。

6 インバータ

3相モータを駆動する回路。パワーMOSFETで構成されることが主流です。駆動波形は1周期でオン/オフを繰り返すPWM(Pulse Width Modulation)制御です。

電動パワーステアリングが導入された当初はモータとECUとが別々でしたが、近年の小型化、低コスト化の要求により、モータとECUとが一体化した、いわゆる機電一体型へ移行しつつあります。

図10 別体型と機電一体型の比較
図10 別体型と機電一体型の比較

電動パワーステアリングの制御概要

基本的な機能は操舵力をアシストすることです。一般的な制御全体の構成は図11となっています。

図11 制御の構成
図11 制御の構成

トルクセンサから得られた操舵トルクやCANインタフェースで受信した操舵角、車速の情報によりアシストする目標値を算出します。この目標値とモータに流れる電流値やモータの回転角度などの情報と合わせて、モータに流す電流値を算出して、PWM信号を生成します。最終的にインバータでモータを駆動します。

アシスト制御の基本的な制御はトルクセンサと車速信号などにより、予め定められた目標トルクを生成します。操舵トルクと目標トルクの特性は図12となっています。

図12 操舵トルクとアシストトルク特性
図12 操舵トルクとアシストトルク特性

基本制御だけですと、操舵する際に、違和感が現れます。例えば、ハンドルが振動したり、操舵した後に手放しすると、中立位置まで戻らなかったりします。これらの、感覚的な操舵感を万人に受け入れられるようにするため、色々な制御方法を付加します。さらに、実車テストなどでパラメータを見直して操舵感を調整します。操舵感の仕上げ方は車両の位置づけや各社の方針が反映されているようです。アシスト制御の一例は図13です。基本制御に追加する制御として、ハンドルを戻す時の制御や付加制御により目標のアシストトルクを生成します。

図13 アシスト制御例
図13 アシスト制御例

モータ制御は一般的にベクトル制御が採用されています(図14)。技術的な内容は専門書等に譲ります。

図14 モータ制御例
図14 モータ制御例

今後の方向性

電動パワーステアリングシステムは自動運転に不可欠な技術です。自動運転のレベルによっては、走行環境やシステムの失陥状態によりステアリングのアシストを停止することが許されなくなります。本稿では扱っていませんが、今後のシステムでは電動パワーステアリングシステムが止まることなく機能を維持できる冗長化が求められます。例えばECUやモータを2重化する方策が適用され、機能に失陥が発生しても最低限のアシストが可能なシステムになると予想されます。

関連計測器の紹介

電動パワーステアリングシステムの開発で使用される計測器の一例を紹介します。

図15 電動パワーステアリングシステム開発用計測器(一例)
図15 電動パワーステアリングシステム開発用計測器(一例)

その他の製品や仕様については 計測器情報ページ から検索してください。

おわりに

パワーステアリングは自動車の3大機能の1つである「曲がる」を実現する機能であり、電動パワーステアリングシステムは燃費を向上させることのみならず、安心・安全のための技術として欠かせない機能となりました。さらに、自動運転を実現するために重要な技術です。今後も、全ての車両に適用される方向に変わりはなく、関連する最新の技術を適用しながら、より高度なシステムへ進化していくでしょう。


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