渡辺測器
小形のデータロガーをラインアップしているグラフテック株式会社(GRAPHTEC Corporation)の以前の社名が渡辺測器株式会社。通称「ナベソク」。1949年設立の老舗計測器メーカだが、現在は持株会社の「あいホールディングス」の傘下。横河電機(現横河計測株式会社)や三栄測器(現株式会社エー・アンド・デイの工業計測機器)と並ぶ主要なレコーダ(記録計)メーカだが、2社とは違いレコーダとともにプロッタに注力し、プリンタ(印字ではなく印刷する出力機器)のラインアップが充実していた。グラフテックとして、計測器(データロガー)だけでなく情報関連機器(イメージング入出力機器など)をつくる会社として存続している。
1958年に日本初のX-Yレコーダ、1961年に日本初のX-Yプロッタを開発。1979年10月に「レコーダひとすじ三十年:渡辺測器三十年史(渡辺測器30年史編集委員会編)」という本を出版している。1983にグラフテックに社名変更。2004年に発売開始したデータロガー「GLシリーズ」は、キーエンスに続く小型データロガーで(発売時期は日置電機より早い)、現在もラインアップは健在である。いまのレコーダの主流であるメモリレコーダからは撤退してしまったが、1980年~1990年代のメモリレコーダの3強はメモリハイコーダ(日置電機)、オムニエース(NEC三栄)、サーマルアレイレコーダ(グラフテック)だった(横河電機は計装向けのレコーダにも注力していて、計測器としてのレコーダはオシログラフィックレコーダやアナライジングレコーダをラインアップし、上記3社とは設計ポリシーが異なっていた、と筆者は思う)。
渡辺測器はグラフテックで継続しているが、三栄測器はNEC、エー・アンド・デイと変遷した。測器を名乗る小野測器や東京測器研究所は社名変更せずに続いている。
会社沿革を簡単に述べる。
1949年4月 株式会社渡辺研究所を設立。
1977年 渡辺測器株式会社に商号変更。
1983年 グラフテック株式会社に商号変更。つまり、創業以来28年間 渡辺研究所だったのを、渡辺測器に社名変更したが、6年間しかこの社名を使わず、グラフテックになっている。日本初のX-YレコーダやX-Yプロッタを開発し、大型のプロッタなどをラインアップしたので業態を表す「グラフ」という名前に社名変更したと推測される。
2007年 株式会社ドッドウエル ビー・エム・エスと経営統合。株式会社ドッドウエル ビー・エム・エスとグラフテック株式会社が共同で株式移転によって持株会社あいホールディングス株式会社(Ai Holdings Corporation)を設立。東京証券取引所市場第一部へ株式上場。ドッドウエル ビー・エム・エスとグラフテックはあいホールディングスの子会社となる。2025年現在、あいホールディングスの代表者はグラフテックの代表取締役会長が務めているので、グラフテックはあいホールディングスの筆頭会社といえる。
2024年9月 あいホールディングスは岩崎通信機株式会社(岩通)を、株式交換により子会社とする(岩通は2024年に社員の削減をしているので、経営状態が良くなかったと思われる)。電電公社(現NTT)に電子交換機を納めた電話機総合メーカの「株式会社ナカヨ(旧ナカヨ通信機)」も2025年4月にあいホールディングスの子会社になった。岩通は国産初のオシロスコープ(シンクロスコープ)を開発した老舗計測器メーカで、現在でもパワエレ分野の計測器を積極的にラインナップしている。他方、基幹通信網がアナログ時代に、黒電話をNTTに納めた電電ファミリーでもある(アンリツよりも早い時期にNTT向け電話機をつくっている)。グラフテックが設立したあいホールディングスの子会社に岩通がなったことは、計測器メーカのM&Aの一環といえるが、電話機の電電ファミリーが2社集まったことも感慨深い(岩通とナカヨの子会社化は電話機メーカの買収を推進している、という訳ではないと思われる)。
海外では大手計測器メーカも盛んにM&Aを繰り返してきた。投資家集団による持ち株会社の傘下になった計測器メーカも多い。それに比べれば、自社の代表が持ち株会社の代表も兼ねるグラフテックは幸運、といえるかもしれない。


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