計測関連用語集

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詳細説明

ブラウン管オシログラフ

読み方:

ぶらうんかんおしろぐらふ

カテゴリー:

#オシロスコープ

(cathode ray tube oscillograph)
1920年頃にウエスチングハウス社は電気信号(電圧)の時間変化を記録できる電磁オシログラフを開発し、1924年には横河電機が国産化している。「オシログラフ」は当時の最先端(ハイテク)計測器で、記録計の代名詞となった。1930年代に陰極線管(CRT)のブラウン管を使って信号波形を表示する観察機器(現在のオシロスコープの原型、初期の波形測定器)が登場するが、当時はオシロスコープという名称はなく、オシログラフと呼ばれている。日本でも戦前(第二次世界大戦前)の1940年頃にブラウン管を使ったオシロスコープが製作されたが、その名称はブラウン管オシログラフだった(ブラウン管オシロスコープという名称は戦後の1950年代になってからの呼称と思われる)。

1940年頃に東京芝浦電気(現東芝)がつくった強制同期式のブラウン管オシロスコープは、「ブラウン管オシログラフ」と表記されている。戦後の1955年頃にも大手電機メーカが「ブラウン管オシログラフ」を作成した資料が残っていて、オシロスコープは当初は「オシログラフ」と呼称されていたことが明白である(いつ頃、オシログラフではなくオシロスコープといわれるようになったのかは不明)。テクトロニクスが、2000年代まで続くアナログオシロスコープの原型となる「トリガ掃引式オシロスコープ」を1947年に製品化したことは各所で語られているが、1964年創刊の月刊「トランジスタ技術」にはオシロスコープを「オッシロ」と表記した記事がある。
1950年代の「ブラウン管オシログラフ」は1960年代には「オッシロスコープ」になったと思われる。信号波形を観測する記録計の主力が電磁オシログラフだった時代に、ブラウン管に表示するosillographが、どのような経緯でosilloscope(scope:観測器)となり、日本語では「オッシロスコープ」と表現されたかはわからない。さらに、いつから現在の表記「オシロスコープ」に統一されたかも記録はない。電磁オシログラフのオシログラフからとった「ブラウン管オシログラフ」→ブラウン管オシロスコープ(またはブラウン管オッシロスコープ)→オッシロスコープとオシロスコープが混在→オシロスコープ、という変化が1940年代から1970年頃にかけて起こったと思われる。前述の横河電機は、電磁オシログラフを電磁型オッシログラフと呼んでいる。osilloは日本語では「オッシロ」または「オシロ」と呼ばれたと思われる。そのためosilloscopeもオッシロスコープまたはオシロスコープと呼ばれた。

東京芝浦電気株式会社 マツダ支社の泉川 清氏と岡 修一郎氏は、東京芝浦電気 マツダ支社研究所の副所長 今村 倍次郎氏などの協力で、「ブラウン管とブラウン管オシログラフ装置」と題する約50ページの論文を1940年頃に発表している。論文の終章(第6章 陰極線オシロフラフの実例)には「陰極線オシログラフとはブラウン管を主体として,その動作に必要な電源装置,時間軸装置,増幅装置等の一切を一纏めにして操作の簡便な一個の容器に収めたものである」(表記は現代の漢字に変更)とある。次の4モデルの製品写真と概要が述べられている。
1. BT-50-V型マツダ陰極線オシログラフ装置。「ブラウン管には蛍光板直径50mm,第二陽極電圧800VのBI-50-Vを使用。Panel面の幅18.5cm,高さ26.5cm,奥行29cm,重量は約10kg。携帯用を主眼として居る関係上,取扱を簡便ならしめるために諸種の省略を行つて居るが・・」(論文より)。
2. BT-75-V型。「BT-50-V型に次ぐ携帯用陰極線オシログラフ装置」。
3. BT-140-V型。「ブラウン管は,BG-140-V型で,蛍光板直径140mm,作動電圧は3000V」←ブラウン管のための高圧電源が必要だったと思われる。周波数は切替器で11のレンジがあり、一番下のレンジは9~25Hz、一番上は12,000~18,000Hzである。約18kHz程度の周波数帯域だったと推測される。
4. BT-140-V型。「二要素ブラウン管の一種BT2-140-V(蛍光板直径140mm)を用ひて組立てられたもの」とある。
論文の巻末(第7章 結言)には「然しこの装置を活用して各種の測定を行ふためには,尚幾多の補助装置を必要とする」とあり、ブラウン管で電気信号の波形を観測できるように1箱に納めた製品ながら、それ以外の周辺機器を用意して、測定環境を整えないといけないことが述べられている。当時はまだ、知識のある電気技術者でないと製作できない、使いこなせない計測器である。戦前の1940年頃に国産のオシロスコープ(ブラウン管オシログラフ)があったことは驚きだが、一般の技術者が使える商品になるのは1947年のテクトロニクスのトリガ掃引式オシロスコープ511型(周波数帯域10MHz)や、1954年の岩崎通信機の国産初トリガ式オシロスコープSS-751(周波数帯域5MHz、シンクロスコープ)以降である。

1954年に株式会社電気書院から「オシログラフの理論と取扱」が発刊されている(初版第一刷発行)。電磁型オシログラフ(いわゆるレコーダの電磁オシログラフ)から書き起こし、多くのページを「ブラウン管オシログラフ」(いわゆるブラウン管オシロスコープ、つまりアナログオシロスコープ)について解説している。特に「ブラウン管オシログラフの実例」として75mmブラウン管を使った製品を紹介している。このモデルは松下無線株式会(現パナソニック)のCT-75と推測される。同社は1940年頃にモデルCT-75を発売し(名称は「ブラウン管オッシロスコープ」)、戦後の1950年頃まで販売していたらしい。証拠はないが、後の松下通信工業のオシロスコープの源流と思われる。

「ブラウン管オシログラフ」からわかることは、1940年頃には東芝や松下電器という大手電機メーカが、当時の最先端のハイテク機器としてアナログオシロスコープをつくっていたことである。戦後の高度経済成長の時代(1955年頃~1973年頃)には、オシロスコープを筆頭に、電気計測器は産業のマザーツールと呼ばれ、電気製品が発売される前に開発・検査のために必要な、最先端の電気機器よりもさらに先端のハイテク製品だった。ブラウン管オシログラフはその先駆的なモデルといえる。
現在のオシロスコープやレコーダ・記録計の長い歴史の中で、その名称(呼称、品名)がどのように変遷していったか記した資料を筆者は知らない(不勉強ではあるが、当時は当たり前のことばなので、誰も通史としての記録を残していないと思われる)。オシログラフ、オッシロスコープなどの名称はいまでは死語となったが、年配エンジニア(計測器の開発者や使用者などのレジェンド)はまだ記憶していることと思う。断片的な趣味のブログなどではなく、正式な「計測器の歴史」(名称からわかる計測器の発展の歴史 ~ 品名の変遷)が編纂されることを期待する。

参考用語
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