自動車のE/Eアーキテクチャ ~ SDVに向けた新たな自動車システム ~
近年、「SDV」というキーワードを見聞きする機会が増えていると感じます。「SDV」はSoftware Defined Vehicleの略で、訳すと「ソフトウェアによって定義された車」でしょうか。「SDV」に関する省庁レベルの動向として、2024年5月に経済産業省と国土交通省とが「モビリティDX戦略」を策定し公開しました。概要については、後ほど解説しますが、その戦略の中で、「SDV」を自動車分野のDX※1として位置づけ、電動化と並ぶ競争基軸として捉えています。
(Digital Transformation) 物つくりのデジタル化をさらに発展させ、デジタル技術を駆使して業務プロセスや車両開発、サービスおよびビジネスモデルを創出し、自動車事業の価値を向上させること。
本稿では、「SDV」を実現するために、車両として対応が求められる新たな車両アーキテクチャ、特に重要な技術としてE/Eアーキテクチャ(Electrical/Electronicアーキテクチャ)※2の基本構造について解説します。先ず、SDVが進展してきた背景を紹介します。また、「モビリティDX戦略」のサマリを、経済産業省・国土交通省の資料を元に説明します。その後に、E/Eアーキテクチャの基本形である、「分散型アーキテクチャ」、「ドメイン型アーキテクチャ」、「ゾーン型アーキテクチャ」を解説します。次に、SDV化に伴う求められる変革を紹介します。自動車業界の役割分担と責任分担の変化、開発プロセスの進化、サイバーセキュリティ対応、リコールやOBD車検などの市場品質対応などが挙げられます。最後にE/Eアーキテクチャに関連した計測器の例を示します。
本稿で言及する「アーキテクチャ」とは、「ECUやセンサ、アクチュエータなどで構成されるシステム」のこと。
《本稿の記述は、筆者の知見による解釈や、主観的な取り上げ方の面もあることをご容赦ください。また、記載されている技術情報は、当社および第三者の知的財産権他の権利に対する保証または実施権を許諾するものではありません。》
自動車業界の潮流
自動車業界における大きな潮流は「GX」と「DX」と言われています。「GX」は「Green Transformation」の略で、化石燃料をできるだけ使わずに、温室効果ガスの排出を抑制できる太陽光発電や水素などのクリーンエネルギへ転換する取組みです。「カーボンニュートラル」をキーワードとして、自動車業界のみならず、あらゆる産業界、さらに身近な生活にも浸透していると感じられます。一方、「DX」については、単なるデジタル化、IoT化だけはありません。経済産業省の定義では次の通りです。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」※3。この考え方は自動車においても適用されつつあります。自動車業界において、ホットなキーワードは「SDV」です。
詳細は経済産業省「デジタルガバナンス・コード2.0」をご覧ください。
ソフトウェア・デファインド・ビークル(Software・Defined・Vehicle)導入の背景
SDVの提唱者を明確に定めることは難しいようですが、2010年の後半から2020年初頭にかけて、SDVの概念が認識されたようです、筆者の知見では、SDVの代表的な事例は、テスラ社(米国)のモデルS(2012年発売)で導入したソフトウェアのアップデート機能と思われます。この車両では、発売後に自動運転機能の追加や性能改善がソフトウェアのアップデートにより行われました。欧州のOEM※4においても、車両の販売後に機能の追加や、品質改善のソフトウェア更新が行われ始めました。ソフトウェアを更新する手段は、有線ではなく無線通信により行われ、基本的にはWi-Fi環境があれば、ユーザへの負担は限定的になっています。無線通信によるソフトウェアの更新は、OTA(Over The Air)と呼称され、SDVにおける主力の技術となっています。
(Original Equipment Manufacturer) 自動車業界においては一般的に完成車メーカのことを示す。
モビリティDX戦略
2024年5月に経済産業省と国土交通省とが「モビリティDX戦略」を策定し公開しました。モビリティは英語の「mobility」で、「移動性」や「可動性」と訳せます。交通や物流だけでなく、通信なども含めた幅広い概念として捉えられています。「DX」は「Digital Transformation」の略です。いわゆるビックデータとAIやIoTなどのデジタル技術を駆使して、製品やサービスを変革し、組織や企業風土、ひいては文化をも変革することです。このようなデジタル技術の進展により、自動車業界のみならず、自動車自身の変革や競争が起こりつつあります。自動車における大きな変革として車両の電動化が今後の方向性として動いています。電動化の動きと時期を同じくした動きとして、SDVが新たな競争領域となってきました。前述した「GX」、「DX」での変革において、「DX」は自動車産業の大きな柱として捉えています。さらに、「SDV」が自動車における「DX」の勝ち筋として策定されました。「SDV」は「車のスマホ化」とも例えられます。図1は「モビリティDX戦略」策定の必要性です。キーワードを整理すると、以下の4項目となります。
- GXとDXでの2軸での産業構造変化
- 施策パッケージが展開
- DXがGXと並ぶ大きな競争軸となっていく
- 2030~2035年に向けた勝ち筋
図2は「モビリティDX戦略」の概要です。SDVに関するポイント絞って列挙すると、以下の4点となります。特に、①については具体的な指標なので官民の連携が必要です。
- SDVのグローバル販売台数「日系シェア3割」の実現(2030年および2035年)
- 官民連携による協調領域として、「SDV領域」、「モビリティサービス(自動運転等)領域」、「データ利活用領域」の3領域を特定
- 「SDV領域」での具体的な取組みとして、高性能半導体等の研究開発、開発効率化のためのシミュレーション環境の構築など協調領域の拡大等
- 「モビリティDXプラットフォーム」の立ち上げによる、「コミュニティ」の設置
図3はモビリティDX戦略のロードマップです。2025年に世界と戦える基盤つくりをスタートします。本稿でフォーカスするSDV領域においては、「車両アーキテクチャの刷新と開発スピードの高速化」、「新たな機能・サービス具体化と早期実装」に注力。2027年には技術の統合・実装、新たなビジネスモデル創出をし、2030年から具体的な目標を掲げています。
E/Eアーキテクチャ進化の背景
近年の自動車には多くのシステム、例えば、ADAS※5等の運転支援システムや自動運転機能、ナビを始めとした車両外部との接続システム等、技術が進化しています。各々の機能に合った処理が必要とされるので、自動車に搭載されるECU※6の数は100を超えるようになりました。そうした複雑性が増すECUの構成を簡素化し、最新・最適な状態を維持するソフトウェアを開発するために、E/Eアーキテクチャの変革が求められました。近年のE/Eアーキテクチャの主流は、類似の処理を行うECUのドメイン(技術領域)をまとめる「ドメインアーキテクチャ」です。例えば、エンジン系統のECUはパワートレインなどのドメインへ、スライドドアやパワーウィンドウ等のECUはボディ系ドメインへ統合することで、ECUやワイヤハーネスを削減できます。よって、全体の部品点数も減らすことが可能になり、車両の軽量化や開発コスト削減にも貢献します。そして、次世代のE/Eアーキテクチャとして注目されているのが、車両の中央コンピュータにECUを統合する車両集中型の「ゾーンアーキテクチャ」です。ドメインをつなぐ統合ECUによって、これまで各ドメイン別に行っていた情報集約や統合制御が可能となるため、さらに部品点数や開発に関わるコストを削減することができます。そのため、E/Eアーキテクチャは技術進化に対応した設計思想や構成が適用されています。
(Advanced Driver Assistance Systems) 先進運転支援システム。「エーダス」と呼称。
(Electronic Control Unit) 各車両機能を制御するための専用コンピュータ。例えば、エンジン制御、ブレーキシステム、エアバッグ、インフォテインメントシステムなどのECUが存在する。
E/Eアーキテクチャの基本型
E/Eアーキテクチャの基本型は3種類に分類できます。1)分散型、2)ドメイン型、3)ゾーン型となります。
1)分散型アーキテクチャ
機能を分散させたアーキテクチャです。エンジン制御、サスペンション制御、ADAS制御、カーナビゲーション等の制御用ECUに必要なセンサやアクチュエータを最適に配置した構造となっています。一方、各制御ECU間で共有するセンサのデータや制御情報はネットワーク※7で授受します。そのため、複雑な構造になっています。機能の連携や協調制御を開発する期間やソフトウェアの規模は膨大です。車全体のソフトウェア規模(コードの行数)は、航空機を既に上回っていると言われています。ネットワークはCAN(Controller Area Network)やLIN(Local Interconnect Network)、Ethernetなどが適用されています。図4は分散型アーキテクチャの構成例です。各ECUには入出力信号であるセンサやアクチュエータが接続されています。ECU間はネットワークで接続され、必要な情報を送受します。
車載ネットワークについては、2023年6月30日公開「車載ネットワークの歴史と規格概要~CANからLIN、FlexRay、CAN FD、Ethernetまで」をご覧ください。
2)ドメイン型アーキテクチャ
車両システムの高度化、複雑化する課題に対応するため、ドメイン型アーキテクチャが採用されています。エンジン領域やブレーキ領域、ボディ領域、ADAS等の自動運転領域等の「ドメイン」と定義できる機能領域ごとにECUを統合した「ドメインコントローラ」を配置する構成となっています。パワートレイン領域やADAS領域ごとに、ドメインコントローラを配置する構成です。各ドメインコントローラは車両全体の通信を統合するゲートウェイに接続されます。各ドメインコントローラは「ゲートウェイ」と定義したコントローラに接続され、ゲートウェイは車両全体を統括することが役割となります。各ドメインコントローラはネットワークで接続されますが、情報送受の高速性や同期性等の要件を満たすために、従来のCANだけでなく、データ通信の高速性が期待できるEthernetも採用されています。
3)ゾーン型アーキテクチャ
車両内のシステムを機能で切り分けるのではなく、ゾーン(車両内の位置)に分けて統合する構成です。分散型やドメイン型に比べて、車両ハーネスを減らすことが可能となるので、車両の軽量化につながります。エンジン(内燃機関)を有していないBEV(バッテリEV)※8で採用が始まりました。HEVやPHEVではエンジン車で適用してきた分散型が色濃く残っているので、ゾーン型アーキテクチャの採用は難しいと推察されます。新興のBEVサプライヤはエンジン車の資産を持たないことや、電動化に特化した車両のため、ゾーン型を積極的に採用しているようです。なお、分散型やドメイン型、ゾーン型が混在するアーキテクチャ構成も採用されています。例えば、メータ領域やADAS系にはドメイン型アーキテクチャを採用し、制御系にはゾーン型アーキテクチャを採用する構成です。
電動化技術については、2020年12月18日公開記事「電動化システムの主要技術と規制動向~進展するxEVの現状と今後」をご覧ください。
SDVの進展による変化
SDVが進展すると「ドメイン型アーキテクチャ」および「ゾーン型アーキテクチャ」が主流となりますが、従来技術の延長ではなく革新的な技術的な進化が求められます。主だった事項を列挙します。
1)ソフトウェア人材の確保
単なるソフトウェア開発にとどまらず、組込みシステム、制御開発、クラウド、AIなど、SDV開発に求められる人材の確保が課題となるでしょう。特に、OEMにとっては、ソフトウェア領域の人材確保が喫緊の課題です。大手のOEMにおいては、ソフトウェア領域の組織化と人材確保を公言しています。
2)OEMとサプライヤとの役割分担と責任分担の変化
自動車業界では、物つくりを一つのピラミッドに例えると、OEMを最上位層として、次の階層に、システム提案や総合部品サプライヤとするTier1(ティアワンと呼称)、その下位層に、個々の部品を製造するTier2が位置づけられ、各々の役割は概ね線引きすることが可能でした。SDVが進展すると、新たなビジネスとして、OEM側から、ハードウェアを要求され、ソフトウェアは自前で設計開発する事例が見られるようになっています。逆に、下位層のサプライヤが上位層への参画を強める関係も想定されます。
3)新たなビジネスモデル
SDV化により、車両が量産開始された後の、ソフトウェアのアップデートによりアプリケーションの追加や性能改善が、有料化されることが想定されます。すでに、導入しているOEMが存在します。いわゆる、自動車における「サブスク」モデルが増加するでしょう。また、ソフトウェアをアップデートするためのインフラとして、無線による接続(OTA)やクラウドサービスが必要となりますが、この事業も有料化が可能となり、既存の事業者以外からの参入が進むでしょう。
4)開発プロセスの進化
従来の車両開発プロセスイメージは図8です。量産に向けて車両開発が始まると、車両のハードウェア開発が主導する開発プロセスが進行し、並行して機能を実現するためのソフトウェアが開発されます。量産が開始されるまで、ハードウェア開発とソフトウェア開発が幾度となくアップデートされます。車両の量産が開始されると、基本的にはハードウェアおよびソフトウェアの開発は完了します。量産後の開発行為は、品質改善や車両のマイナーチェンジを伴う機能改善が主とした項目となります。一方、SDVにおける開発プロセスは、量産開始を目途に機能開発は行われますが、量産開始後も、品質改善に加えて、新規機能やサービスを追加する開発が進められ、適宜ソフトウェアのアップデートが行われます。
SDV化は多くの技術領域により実現する方向のため、個々の技術を進化させることはもとより、開発の仕組みやプロセス、組織体制の見直しが必要になります。基盤技術としては、モデルベース開発(MBD)をベースとしたシミュレーションが重要となるでしょう。開発中の試作抑制と開発期間の短縮化につながります。
5)SDV化のコストバランス
量産後のソフトウェアアップデートを想定したハードウェアを具備すると、一般的にはコストアップとなります。過剰な投資を避けつつ、将来のアップデートを見すえたコストバランスが重要です。
6)サイバーセキュリティ対応
OTAによるソフトウェアアップデートが進展すると、従来に増して、サイバーセキュリティのリスクが高まります。サイバーセキュリティに関連した事例はOTA以前から、安心安全や財産にかかわる事例が発生しているので、さらなる対応が必要となります。サイバーセキュリティに関連する法規は、「自動車基準調和世界フォーラム(WP29)」※9から2021年1月に発行されたサイバーセキュリティ法規「UN-R155」※10です。これにより欧州や日本では2022年7月以降に発売される一部の車両からサイバーセキュリティ対策が実施されます。「UN-R155」を満たすためには、2021年8月に発効された自動車サイバーセキュリティ規格「ISO/SAE 21434」への準拠が求められます。2024年1月から販売される新機種にはOTA対応の義務化が始まります。2024年7月以降は継続生産車に、2026年5月から生産車が適用対象となります。
国際連合欧州経済委員会の下部組織。
詳細は2020年10月2日公開「待ったなし、自動車のサイバー攻撃対策 〜今年6月のWP29の採択と今後の自動車業界の対応」をご覧ください。
7)市場品質対応
量産開始後の市場品質対応も従来の手法と異なった対応が求められます。
① リコール対応
これまで、自動車で発生したリコール※11の対策としては該当するハードウェア(機構部品やECU等)の交換でしたが、SDVが進展すると、リコールの主な理由はソフトウェアになることが推察されます。よって、これまで以上に、自動車の品質は重要な位置づけとなります。
リコール制度の概要については、2021年11月22日公開「自動車の品質をより良くするために~リコール制度について」をご覧ください。
② OBD車検
SDVに直接的な関係はないですが、自動車のDX化として新たな車検制度が始まります。OBD(On Board Diagnostics:車載式故障診断装置)※12とは、エンジンやトランスミッションなどのECUに搭載された故障診断機能です。ECUは、センサの断線や機能異常等の不具合が発生した際、その情報をECUに記録します。記録された情報は「DTC(故障コード)」として定義されており、外部診断器(スキャンツール)で読み出します。2024年10月以降、車検の際、車検証の備考欄に「OBD検査対象」などの記載がある車両については、通常の検査項目に加えてOBD検査を実施する必要があります。
OBDの概要については前述の※11の記事をご覧ください。
関連計測器の紹介
SDVに関連した計測器の一例を紹介します。
その他の製品や仕様については計測器情報ページから検索してください。
おわりに
自動車のE/Eアーキテクチャは、排気ガス規制等の背景のもと、アナログ信号をベースとした制御システムに始まり、デジタル信号化へ移行しました。2010年の後半からCASE※13と言われる未来像を示す概念が提唱され、自動車その物のみならず、外部環境の変化に対応した技術革新が進んできました。今後も、自動車を取り巻く状況に応じた技術進化に期待しましょう。
次の4領域を表す単語の頭文字をつなげた造語。「Connected(コネクテッド)」、「Autonomous(自動化)」、「Shared (シェアリング)」、「Electric(電動化)」。ケースと呼称。
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