日本の低周波波形測定器の起源から現在のメモリレコーダまでの100年の歴史
今から約100年前に製品化された横河電機の電磁型オッシログラフ(電磁オシログラフとも呼ばれる)が歴史的な価値のある製品として電気学会の「でんきの礎(いしずえ)」に登録された機会に、低周波波形測定器の起源から現在販売されている高性能なメモリレコーダまでの歴史を横河電機、横河計測が開発した製品で追ってみる。
【ミニ解説】電気学会のでんきの礎
「でんきの礎」は1888年(明治21年)に設立された電気学会が2008年に電気学会創立120周年を記念して始めた新しい事業であり、日本の電気工学分野で歴史的価値がある「モノ」、「場所」、「こと」、「人」を毎年顕彰する制度である。審査は「技術史的価値、社会的価値、学術的・教育的価値」の視点で判断される。今回は第14回となり、電気測定器では初めての登録となった。「でんきの礎」にすでに登録されている歴史的に価値のある「モノ,こと,人,場所」は下記のホームページに掲載されている。
でんきの礎 -振り返れば未来が見える-(電気学会)
https://www.iee.jp/foundation/
また、国立科学博物館産業技術史資料情報センターでも歴史的な価値のある製品を記録する活動をしており、今回「でんきの礎」に登録された横河電機の電磁型オッシログラフは資料番号:100210021659として記録されている。
100年前にどうして波形を観測したか
最初の波形測定器は、陰極線オシロスコープや3極真空管を使った電子測定器に先がけて1893年に英国のウィリアム・ダッデル(William Duddell)が開発した電磁型オッシログラフである。ほぼ同時期にフランスのエドワード・ホスピタリエ(Édouard Hospitalier)によって現在のサンプリングオシロスコープと同じ考え方のstep by step method(点綴法)の機械式波形観測装置Ondographが発明されたが商用周波数の繰り返し波形の観測に限られていた。
電磁型オッシログラフはメータと同じ原理で動作するガルバノメータを使って電気信号の大きさを光が示す位置に変換する仕組みとなっており、写真フィルムに波形の記録を行うようになっている。電磁型オッシログラフの基本的な構造は図2のとおりである。
出典:1924年開発の電磁型オッシログラフとその応用(松本栄寿、中川脩一、電気学会電気技術史研究資料、2020年2月20日)
1920年にアメリカのウエスチングハウス社が研究や試験現場に持ち運べる携帯用電磁型オッシログラフを発表したが、当時の価格で5500円(現在の貨幣価値で約800万円)とたいへん高価であった。このため電気試験所(現在の産業技術総合研究所)の要請を受けて横河電機の青木晋らが価格を1/3にした国産の電磁型オッシログラフを開発して、1924年に製品化したことにより国内の研究機関や大学での普及が進んだ。電磁型オッシログラフの開発の成果は1928年に電気学会で「電磁オッシロとその応用(青木晋、多田潔、友田三八二)」として発表された。当時の電磁型オッシログラフによって女性の音声波形を観測した結果を図3に示す。振動子は固有振動数により数種類あり、最大のC型振動子の固有振動数は20,000Hzであった。一般に楽器の周波数は4,000Hzまでと言われるので3次高調波まで記録ができた。
表1は1930年から1957年に学会誌に掲載された横河電機製の電磁型オッシログラフを活用した論文数の内訳である。送電系統及び機器の試験が極めて多いのは第2次世界大戦の前後に遠距離高圧送電網の建設を急ぎ、故障時の過渡安定度を確保するための保護継電器が設置されて、その実系統試験の解析や遮断器等の試験を行うための主要測定器として電磁型オッシログラフがよく使われたためである。数kHzまでの周波数帯域で多現象同時記録ができる特長が生かされた。
その後ストレインゲージ等の各種センサや測定用増幅器の普及により応用が広がり1964年に開業した東海道新幹線で使われた0系新幹線車両や1962年に初飛行した国産旅客機YS-11の研究開発等にも使われた。
1968年には電磁型オッシログラフの原理から使い方までを示した入門解説書「電磁オシログラフ(小林肇 著)」が東京電機大学出版局から出版され電磁型オッシログラフの普及を推し進めた。
電磁型オッシログラフ活用研究論文内訳 | 論文件数 | % |
---|---|---|
送電系統及び機器の試験 | 48 | 34.80% |
電気回路・部品・機器 | 11 | 8.00% |
自動車・内燃機関 | 13 | 9.40% |
機械工学・装置・要素 | 14 | 10.10% |
機械加工・溶接 | 7 | 5.10% |
振動計・センサ | 7 | 5.10% |
繊維・繊維機械 | 7 | 5.10% |
医学 | 10 | 7.20% |
金属 | 6 | 4.30% |
音響 | 4 | 2.90% |
土木 | 4 | 2.90% |
その他 | 7 | 5.10% |
合計 | 138 | 100.00% |
注)技術論文はJ-Stageで検索したもの |
出典:1924年開発の電磁型オッシログラフとその応用(松本栄寿、中川脩一、電気学会電気技術史研究資料、2020年2月20日)
1964年に横河電機は光源に超高圧水銀灯を採用して、暗室での現像が必要な写真フィルムを使わず紫外線感光紙に直接記録する直記式電磁型オッシログラフを開発して使いやすくした。1969年には世界で初めて折りたたみ記録紙を採用して2m/secになり高速で感光紙を送れるようにするなどの改善か行われたが、1977年に発売したType2932が最後の電磁型オッシログラフとなった。
電磁型オッシログラフはA/D変換器を使ったメモリレコーダが普及するまでは低周波波形観測の必須の測定器として存在した。
電磁型オッシログラフからメモリレコーダへ
電磁型オッシログラフは光により写真フィルムや感光紙に波形を記録するものである。写真フィルムや感光紙は高額であったため現在のように波形を気軽に観測することはできなかった。また電磁型オッシログラフの取り扱いには熟練が必要であったことも課題であった。
1970年後半になるとA/D変換器や半導体メモリが急速に進歩して低速の波形観測に使えるようになった。横河電機は1980年にGP-IBが搭載された16chのメモリレコーダを発売した。この製品は発売後に5インチのフロッピーディスクドライブユニットが接続できるようになり、現在の多チャンネルメモリレコーダの原型となっている。
マイクロプロセッサの性能が向上したことにより、取り込んだ波形をFFT演算や波形間演算など波形データを加工して表示ができるようになるとともに、利用者にとって購入しやすい価格の製品が登場した。
横河電機が1985年に発売したアナライジングレコーダ3655は多機能な低周波波形測定器として広く市場に出回った。このころから測定器のデザインにも関心が向けられるようになり、アナライジングレコーダ3655は1985年にグッドデザイン賞を受賞した。
1970年に成立したアメリカの自動車排ガス規制(マスキー法)により、電子回路による自動車用エンジンの燃焼制御が始まった。電子化された自動車の開発にメモリレコーダが使われるようになり、現在でも自動車開発ではメモリレコーダは数多く使われている。
また、1970年代からさまざまなパワー半導体が開発され、それらを使ったインバータが登場して高効率にモータを制御できるようになった。インバータを使った空調機器や産業機器などのメカトロ機器の評価に絶縁入力が可能なメモリレコーダは数多く使われた。
現在でも機械装置やパワーエレクトロニクス機器の評価ではメモリレコーダは必須の測定器となっている。
進化を続けるメモリレコーダ
低周波の波形を観測するメモリレコーダは研究開発から設備の保守点検まで幅広い分野で使われるようになり、100chを超えるような大型の製品からコンパクトなバッテリー駆動が可能な製品まで広がってきた。
メモリレコーダに搭載されるマイクロプロセッサや高速演算を行うDSP(Digital Signal Processor)の性能が向上したこととA/D変換器の動作速度や分解能が上がったことにより、10MHz以上の信号まで観測でき、かつ高度な演算処理を高速に行えるようになった。画面は大きくなり入力モジュールはプラグイン形式となったため用途に合わせた使いやすい測定環境を作れるようになってきた。
横河計測が2021年に発売したスコープコーダDL950は新しい時代に向けた高性能なメモリレコーダとなっている。
横河計測のメモリレコーダの商品企画担当者が提案する新しいメモリレコーダ
横河計測が新たに開発したメモリレコーダのDL950について企画に携わった同社マーケティング本部商品企画1部長の竹内安昭様ほかに話を伺った。
DL950開発の狙い
DL950は複雑化する自動車やメカトロ機器およびパワーエレクトロニクス機器の評価を効率よくするためのツールとして開発した。複雑化した機器や装置の評価での要求は「測定点が増えたことによる多チャンネル化」と「取り込んだ波形の解析機能を強化すること」であるとして商品企画を進めた。
また、メカトロ機器やパワーエレクトロニクス機器を評価する環境にはノイズを発生するインバータやモータなどがあるため、コモンモードノイズが信号の測定に影響しないことも重視した。下図には高速100MS/s 12ビット 絶縁モジュール(720211)のCMRR(同相信号除去比)特性評価を行った結果を示す。
DL950の魅力
横河の波形測定器は100年の歴史を持っており、その中で蓄積した知識や経験と現在利用できる新しい技術を組み合わせて、波形観測を行う技術者にとって魅力的な測定器にすることができた。特に注目されるポイントは下記の5つである。
- 本体は連結して動作する機能を持っており、最大5台を連結して160chのまでの同時測定ができる
- 10Gbpsイーサネットを使うことで、最高10 MS/sのデータをリアルタイムにPCへ保存することができ、高度な波形解析をPC上でリアルタイムに行える
- 実際の利用を想定したタッチパネルの利用環境を構築して使いやすさを実現した
- 統合計測ソフトウェアプラットフォームIS8000を同時に提供して、電力計やオシロスコープと組み合わせた使いやすい測定環境を実現した。
- 40MHz帯域 200 MS/s 14ビット絶縁モジュールを新たに追加して広帯域化を実現した
横河計測はDL950を高度化/複雑化したメカトロ機器やパワーエレクトロニクス機器の分野を中心に電気回路や機械特性を評価しているハード技術者から組込みシステムの機能評価をしているソフトウェア技術者まで幅広く紹介していく。また成長が期待される電気化学やバイオ分野の計測も需要があるので市場開拓を進める。
謝辞
今回の記事を執筆するにあたって、横河電機、横河計測および横河電機のOBの方々からの支援を頂いた。特に横河電機OBの松本栄寿様、中川脩一様から2020年に電気学会電気技術史研究会で発表された電磁型オッシログラフの歴史に関する下記の2つの論文の提供を頂いた。
-
1924年開発の電磁型オッシログラフとその応用
電気学会電気技術史研究会資料 2020年2月20日 松本栄寿、中川脩一 -
「電磁型オッシログラフ」その意義と応用
電気学会電気技術史研究会資料 2020年8月20日 松本栄寿、中川脩一
参考資料
今回の記事を執筆するにあたり、横河電機が1990年以前に開発した波形測定器は下記の横河技報の記述を参照した。
-
直記式電磁オシログラフ PHOTOCODER Type2915
山中勉彦、中川脩一
横河技報 Vol.13、1969年 -
電磁オシログラフ Type2932
江藤栄祐、小川規、野中富雄、吉岡隆
横河技報 Vol.22 No.1、1978年 -
ウェーブメモライザ Type3651
豊川良治
横河技報 Vol.22 No.2、1978年 -
16チャネル ウェーブ メモライザーModel 3652
内海岱基、桜井和明
横河技報 Vol.26 No.1、1982年 -
4チャネル メモリ レコーダーModel 3067
内海岱基、清水光一郎、伊東和郎
横河技報 Vol.26 No.1、1982年 -
データ処理機能をもつアナライジングレコーダ Model3655
佐薙守、木村敏雄、岡野芳洋、高岡克行、中條孝一
横河技報 Vol.28 No.3、1984年 -
アナライジングレコーダ Model3655の応用
古屋憲司
横河技報 Vol.29 No.2、1985年 -
多点入力アナライジングレコーダAR3200
豊則有拡、宇野沢昇、中條孝一、高岡克行
横河技報 Vol.31 No.3、1987年
執筆:横河レンタ・リース株式会社 事業統括本部 魚住 智彦