スペクトラムアナライザの基礎と概要 (第3回)
<連載記事一覧>
第1回:「はじめに」「スペクトラムアナライザの概要と主な利用分野」「スペクトラムアナライザの種類」「スペクトラムアナライザの形状」「【コラム】スペクトラムアナライザを理解するための用語」
第2回:「スペクトラムアナライザの構造」「スペクトラムアナライザの基本的な設定」「スペクトラムアナライザの使用上の注意」「【コラム】日本国内で販売されている主なスペクトラムアナライザ」
第3回:「スペクトラムアナライザの周辺機器」「スペクトラムアナライザの利用事例」「スペクトラムアナライザの校正」「おわりに」「【インタビュー】アンリツの無線通信用測定器の取組み」
スペクトラムアナライザの周辺機器
スペクトラムアナライザと組合せて使われる周辺機器がある。これらをうまく使えば効率のよい測定環境を構築できる。
プリアンプ
スペクトラムアナライザ本体の感度では測定できないような微弱な信号を観測する場合は外部にプリアンプ(前置増幅器)を接続して信号を増幅して観測することがある。スペクトラムアナライザとは別に独立したプリアンプを用意する場合と本体のオプションとしてスペクトラムアナライザの内部に組み込む場合がある。最近の製品は本体にプリアンプを組み込むものが多い。ノイズや妨害波の探知をする場合は、プリアンプがあると微弱な信号まで観測できるため便利である。 プリアンプを使う際には規定された最大入力電力を超えないよう注意が必要である。
ダウンコンバータ
次世代の無線通信の研究やレーダの設計では30GHz~300GHzのミリ波の信号を取り扱うためスペクトラムアナライザの前に周波数を変換するダウンコンバータが必要となる。ダウンコンバータによって低い周波数に変換された信号をスペクトラムアナライザで観測する。 従来のダウンコンバータは外部ミキサと発振器が必要となり取り扱いが難しかったが、最近では取り扱いがしやすい一体型のダウンコンバータが販売されている。
図34. 手前が導波管ミキサ方式の周波数ダウンコンバータMA2808A(アンリツ)

トラッキングジェネレータ
スペクトラムアナライザとトラッキングジェネレータを組み合わせて使うと電子部品などの振幅周波数特性を測定することができる。ただしベクトルネットワークアナライザのような位相を含めた部品の特性を測定することはできない。
図35. トラッキングジェネレータを使った部品の振幅周波数特性の測定

最近はトラッキングジェネレータがスペクトラムアナライザ本体のオプションとして販売されている。無線設備などの保守点検作業でフィルタの特性を確認するときはトラッキングジェネレータが内蔵されたポータブルスペクトラムアナライザが使われる。
測定用アンテナ
電波環境を観測する場合はスペクトラムアナライザに測定用アンテナを取り付けて使う。測定用アンテナは周波数範囲が決まっており、アンテナファクタ(アンテナ係数)が校正によって定義されている。アンテナファクタはアンテナが置かれている位置における電界強度に対してスペクトラムアナライザの入力端子に生じる出力電圧との比のことである。
測定用アンテナにはダイポールアンテナ、バイコニカルアンテナ、ループアンテナ、ロッドアンテナ、対数周期アンテナがあり利用する目的によって選択する。
屋外で電波環境の測定を行う場合はプリアンプやGPSが一体となっているツールを組み合わせて使うと作業性は向上する。
図36. 屋外での電波環境の観測例

周波数基準
スペクトラムアナライザの内部には基準となる温度補償された水晶発振器が標準で搭載されている。水晶発振器より高い周波数の安定度が必要な場合は原子時計のルビジウム発振器のオプションを選択する。
スペクトラムアナライザの利用事例
さまざまな通信方式や放送方式が登場して電波利用が拡大したことによりスペクトラムアナライザの利用が増えてきた。また身の回りにデジタル化した電子機器が増えたことやスイッチング素子を使った高効率なパワーエレクトロニクス機器が普及したことにより、ノイズ発生による問題が顕在化したので、原因究明や対策のためスペクトラムアナライザが使われるようになった。
無線設備の保守点検
多くの無線設備は重要な社会インフラの一つとなっており、法律や規則に従った定期的な点検が義務付けられている。その際、送信機や送信設備の出力周波数、占有周波数帯幅、スプリアスはスペクトラムアナライザによって測定される。下記には一般的な送信機や送信設備を点検する際の接続を示す。スプリアスを測定する場合、レベルが大きい搬送波によって測定器内部で発生する2次高調波などのひずみがスプリアスの許容値を超えるケースもある。その場合は搬送波をカットするために搬送波抑圧フィルタを用いる。
図37. 送信機のスプリアス波測定(一般敵な測定方法)

出力が大きな放送設備や無線設備などでは空中線(アンテナ)を外して測定することは難しいため、方向性結合器を使った測定が行われている。
図38. 送信機のスプリアス波測定(放送設備などの測定方法)

フィルタの周波数特性試験
生産ラインや保守点検の現場でフィルタの振幅周波数特性を安価に測定したい場合はネットワークアナライザではなく、トラッキングジェネレータ付きのスペクトラムアナライザが使われる。下図は水晶フィルタの振幅周波数特性を測定する際の接続図である。
図39. トラッキングジェネレータを使った推奨フィルタの振幅周波数特性の測定

携帯電話によるブースター障害の探査
2007年のテレビ放送のデジタル化により、それまでアナログ放送で利用されていた周波数帯の一部が解放され、現在は携帯電話に割り当てられている。このため古いアナログテレビ放送を受信するための設備に取り付けられているブースター(増幅器)は携帯電話端末や基地局からの電波信号を受け取って接続されているテレビ受像機に分配される。それによりテレビ受像機が正常に動作しなくなる現象が起きる問題があり、その要因を調査するためにポータブルスペクトラムアナライザが使われる。
図40. 携帯電話によるブースター障害

出典:地上デジタルテレビジョン放送の受信障害の防止及び携帯電話システムへの電波干渉を防止する措置について(総務省)
古いアナログテレビ放送用のブースターが携帯電話による障害を受ける場合はブースターの出力にローパスフィルターを追加することによって対処ができる。
そのほかにもブースターの配線工事が正しく行われていない場合、BS放送の中間周波数が漏洩して携帯電話の通信に影響を与えることもある。このような場合もポータブルスペクトラムアナライザを使って電波環境の観測を行う。
図41. BS中間周波数漏洩電波に夜携帯電話への障害

出典:地上デジタルテレビジョン放送の受信障害の防止及び携帯電話システムへの電波干渉を防止する措置について(総務省)
無線LANの干渉測定
無線LANが使われている2.4GHz帯は電子レンジやほかの電波を発する無線通信にも使われており、電波が干渉して通信障害が発生することがある。この原因を探査するためや通信機が干渉を防ぐ制御動作をしているかを確認するためにスペクトラムアナライザが使われている。2.4GHz帯の通信の利用は拡大しているため、電波干渉の観測の重要度は増している。
図42. 2.4GHz帯無線LANの電波障害

デジタル回路基板のノイズ評価
デジタル回路には多くの周波数成分を含んだパルス信号が使われているため、デジタル回路基板からさまざまな周波数成分の放射ノイズが発生している。ノイズ対策を行うにはノイズ発生源を知って対策を行うことになる。スペクトラムアナライザに近磁界プローブや近電界プローブを接続してデジタル回路基板から発生している放射ノイズを観測してノイズ源を特定する。
図43. 近磁界プローブによるデジタル回路基板のノイズ観測

スイッチング電源の伝導ノイズ測定
パワー半導体をスイッチ動作させるスイッチング電源から伝導性の高周波ノイズが一次側の配線を介して漏れ出してくる。このノイズが規格に定められた値以下であることを確認するためにスペクトラムアナライザが使われる。
図44. スイッチング電源の雑音端子電圧測定(JEITA規格 RC-9131D)
