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スペクトラムアナライザの基礎と概要 (第1回)

スペクトラムアナライザの種類

選択レベル計

選択レベル計(Selective Level Meter)は図5に示すようにラジオと同じヘテロダイン回路によって構成されている。検波された信号の大きさはメータなどによって表示される。

図5. 選択レベル計の構造

図5. 選択レベル計の構造

選択レベル計は主にAM/FM放送、AM/FM無線、アナログ電話回線、CATV回線の試験に使われたため、以前は多くの通信用測定器メーカから製品が販売されていた。図6にはアンリツから販売されていた選択レベル計(通称:セレモ)を示す。

図6. 選択レベル計 MS330A

図6. 選択レベル計 MS330A(アンリツ)

提供:アンリツ

現在普及している広い変調帯域幅を必要とするデジタル通信では選択レベル計は使えない。現在は限られた通信の保守点検用途にしか使われていないため、販売する測定器メーカは限られている。

アナログ方式の掃引型スペクトラムアナライザ

最初に登場したスペクトラムアナライザであり、すべてアナログ回路によって構成されている。現在販売されているデジタル方式のスペクトラムアナライザはアナログ回路の一部をA/D変換器とデジタル信号処理回路によって置き換えたものであるため、スペクトラムアナライザの原理を学ぶ際はアナログ方式で説明されることが多い。回路構成は選択レベル計とよく似ているが、周波数を掃引できる局部発振回路が搭載されている。

図7. アナログ掃引型スペクトラムアナライザの原理図

図7. アナログ掃引型スペクトラムアナライザの原理図

アナログ方式のスペクトラムアナライザの性能は使われる部品に依存するためデジタル方式より価格が高くなること、また検波回路はシンプルなものであり最近のデジタル通信方式への対応が難しいため現在はほとんど見られなくなった。下記にはアンリツが最初に作ったアナログ方式の掃引型スペクトラムアナライザを示す。この製品は歴史的な価値があるため、国立科学博物館では産業技術資料として登録されている。

図8. アナログ方式掃引型スペクトラムアナライザ MS62B

図8. アナログ方式掃引型スペクトラムアナライザ MS62B(アンリツ)

提供:アンリツ

国立科学博物館 産業技術史資料情報センターの産業技術史資料データベースに記録(資料番号:100210021018)

デジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザ

現在は幅広い解析周波数帯域を必要とするデジタル通信が増えてきているため、従来のアナログ方式の掃引型スペクトラムアナライザでは変調信号の解析が行えなくなった。そのため解析帯域幅を広げて、アナログ回路で行っていた信号処理をA/D変換器とデジタル信号処理回路に置き換えたデジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザが登場した。さまざまなデジタル変調信号解析などが行えるようになったため、従来のスペクトラムアナライザと区別するためにシグナルアナライザと呼ぶようになった。

図9. デジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザ(シグナルアナライザ)の原理図

図9. デジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザ(シグナルアナライザ)の原理図

下記にはアンリツの代表的なデジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザの製品を示す。デジタル方式にすることにより多くの機能を持つことができるようになったため、操作画面には多くの設定メニューが表示され、解析結果はさまざまな表現で確認できるようになった。

図10. デジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザ MS2850A

図10. デジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザ MS2850A(アンリツ)

提供:アンリツ

高性能なデジタル信号処理回路を搭載したデジタル方式の掃引型スペクトラムアナライザはアナログ方式に比べて高速に信号処理ができる特長を持っている。

マルチフィルタ方式のリアルタイムスペクトラムアナライザ

掃引型スペクトラムアナライザは変化する信号を途切れなく観測することはできない。変化する信号を途切れなく観測できるのがリアルタイムスペクトラムアナライザである。リアルタイムスペクトラムアナライザはBluetoothで使われている周波数ホッピング方式の信号、突発的に発生するノイズ、バースト状態で変化するレーダ信号などの観測に使われる。

最初に登場したリアルタイムスペクトラムアナライザはアナログ回路で作られたバントパスフィルタを多数使って同時に信号波形のレベルを観測するものであった。

図11. マルチフィルタ方式のリアルタイムスペクトラムアナライザの原理図

図11. マルチフィルタ方式のリアルタイムスペクトラムアナライザの原理図

マルチフィルタ方式のリアルタイムスペクトラムアナライザは回路規模が大きくなるため、現在では特殊な用途でしか使われない。

【ミニ解説】周波数ホッピング方式

周波数ホッピング方式(FHSS:Frequency Hopping Spread Spectrum)とは、スペクトラム拡散方式の一種であり、ある範囲の周波数帯域の中から、通信が使用する帯域を高速に切り替えながら通信する方式である。

図12. 周波数ホッピング方式のイメージ

図12. 周波数ホッピング方式のイメージ

周波数ホッピング方式を採用しているBluetoothでは、2.4GHz帯の広帯域(2402~2480MHz)の中に1MHzごと、79個のチャネルを設定しており、1秒間に1600回チャネルを切り替えながら通信を行う。これにより同じ周波数帯でノイズを発生する機器(例えば電子レンジなど)が周囲に存在していても、その影響をあまり受けずに通信することができる。

デジタル方式のリアルタイムスペクトラムアナライザ

入力信号をダウンコンバートした後にA/D変換器で波形をデジタル化し、信号処理によって広い解析帯域幅で信号の周波数スペクトラム変化を途切れなく観測できるようになった。最近のリアルタイムスペクトラムアナライザはこの方式である。デジタル方式のリアルタイムアナライザは高性能なデジタル信号処理回路と大容量メモリを搭載するため高額となる傾向がある。

リアルタイムスペクトラムアナライザは途切れなく周波数の変化を記録できることが本来の定義であるが、観測が途切れる時間が短く、実用上問題がない場合はリアルタイムスペクトラムアナライザとして販売されている。このような製品はデジタル回路が簡素化できるため安価に製品が提供できるメリットがある。

図13. デジタル方式のリアルタイムスペクトラムアナライザの原理図

図13. デジタル方式のリアルタイムスペクトラムアナライザの原理図

オシロスコープ(FFT付き)

信号を時間軸で観測するオシロスコープにはメモリに取り込んだ波形データにFFT演算を行うことによって周波数軸で信号を観測できる機能がある。高速A/D変換器の進歩によって高い周波数の信号を高分解能でメモリに取り込むことができるようになった。しかしオシロスコープに使われる高速A/D変換器は8~12ビット程度であるためダイナミックレンジには限界があり、レベルの大きな信号に埋もれた小さな信号は観測できない。また波形を一度メモリに取り込んだのちにFFT演算を行うため、信号の捕捉は断続的になるため取りこぼしが発生する。

図14. オシロスコープ(FFT付き)の原理図

図14. オシロスコープ(FFT付き)の原理図

オシロスコープ(FFT付き)は信号波形を時間軸で観測する際に、波形に重畳したノイズの周波数成分をFFTによって周波数軸に変換してノイズ源を特定するなどの用途に使われている。

スペクトラムアナライザの形状

スペクトラムアナライザは研究開発、設計、生産、保守点検、装置組込みなど目的にあったさまざまな形状がある。

図15. スペクトラムアナライザの形状による分類

図15. スペクトラムアナライザの形状による分類

ベンチトップ型

研究開発、設計、生産の現場で卓上やラックに組み込んで使用するタイプである。研究開発や設計に使われるスペクトラムアナライザは一般に高機能・高性能である。生産に使われるスペクトラムアナライザはコストパフォーマンスが重視されたものである。

ベンチトップ型のスペクトラムアナライザは操作パネルがあり、画面に測定結果が表示される。最近のスペクトラムアナライザは高機能であるため、さまざまな情報が大きな画面に表示される。

ベンチトップ型の製品は性能や搭載する機能によって種類が豊富にあるため、用途に応じた製品を選ぶ必要がある。

まず、性能による比較を行い信号観測に要求される性能を保有している製品を選ぶ。下記はアンリツのベンチトップ型の製品を性能によって比較した表である。

表2. アンリツのベンチトップ型スペクトラムアナライザの性能別機種選定表
MS2850A-047/046 MS2840A-040/041 MS2840A-044/046 MS2830A-040/041/043 MS2830A-044/045 MS2690A/91A/92AMS2690A/
91A/92A
周波数範囲 9kHz

32GHz/44.5GHz
9kHz

3.6GHz/6GHz
9kHz

26.5GHz/44.5GHz
9kHz

3.6GHz/6GHz/13.5GHz
9kHz

26.5GHz/43GHz
50Hz

6GHz/13.5GHz/26.5GHz
位相雑音(1GHz、10kHzオフセット) –123dBc/Hz –133dBc/Hz*1
(500MHz、10kHzオフセット)
–123dBc/Hz –118dBc/Hz*1
(500MHz、10kHzオフセット)
–115dBc/Hz
(500MHz、100kHzオフセット)
–116dBc/Hz
(2GHz、100kHzオフセット)
TOI(1GHz、プリアンプ無)
(TOI:2信号3次歪み)
+16dBm +16dBm +16dBm +15dBm +15dBm +22dBm
表示平均ノイズ 1GHz、プリアンプ無 –150dBm/Hz –151dBm/Hz –150dBm/Hz –151dBm/Hz –150dBm/Hz –155dBm/Hz
1GHz、プリアンプ有 –164dBm/Hz –165dBm/Hz –164dBm/Hz –162dBm/Hz –161dBm/Hz –166dBm/Hz
5GHz、プリアンプ無 –144dBm/Hz –146dBm/Hz –144dBm/Hz –146dBm/Hz –144dBm/Hz –152dBm/Hz
標準アッテネータのレンジ/ステップ 60dB/2dBステップ 60dB/2dBステップ 60dB/10dBステップ 60dB/2dBステップ 60dB/2dBステップ(044)
10dBステップ(045)
60dB/2dBステップ
全振幅確度 ±0.5dB ±0.5dB ±0.5dB ±0.5dB ±0.5dB ±0.5dB
分解能
帯域幅
SPA 1Hz〜10MHz 1Hz〜31.25MHz 1Hz〜31.25MHz(044)
10MHz(046)
1Hz〜31.25MHz*1 1Hz〜31.25MHz*1(044)
10MHz(045)
30Hz〜31.25MHz
VSA VSA:1Hz〜10MHz*1 1Hz〜10MHz 1Hz〜10MHz 1Hz〜10MHz*1 1Hz〜10MHz*1 1Hz〜10MHz*1
解析帯域幅(標準) 255MHz 31.25MHz 31.25MHz 31.25MHz
最大解析帯域幅(オプション) 1GHz 125MHz 125MHz 125MHz 125MHz 125MHz
最大デジタイズ時間(10MHzスパン) 5秒 5秒 5秒 5秒 5秒 5秒(標準)
4時間(オプション)
*1:オプション使用時

スペクトラムアナライザの利用目的が明確であれば、測定器メーカが用途ごとに推奨する製品から選ぶ方法もある。下記はアンリツが用途ごとに別けて推奨している製品を示したものである。

表3. アンリツのベンチトップ型スペクトラムアナライザの対象市場別推奨機種リスト
市場 対象DUT 開発/製造 MS2850Aシリーズ MS2840Aシリーズ MS2830Aシリーズ MS2690A/91A/92AMS2690A/
91A/92A
セルラ基地局
3GPP LTE、W-CDMA/HSPA、
GSM/EDGE…
RFデバイス/
モジュール
開発、製造
基地局 開発
製造 *2
セルラハンドセット
3GPP LTE、W-CDMA/HSPA、
GSM/EDGE…
RFデバイス/
モジュール
開発、製造 *2
携帯端末 開発 *2
製造 *2
WLAN RFデバイス/
モジュール
製造 *2
公共、防災無線
RCR STD-39、
ARIB STD-T61/T79/T86/
T98/T102/T115/T116
マイクロウェーブリンク
その他通信
放送
ISDB-Tmm、ISDB-T、ISDB-Tsb
研究
大学・教育
アナログ無線(FM/AM/ΦM)
*2:変調解析を除くスペクトラム測定に利用できる。

ポータブル型

ポータブル型は主に通信設備や放送設備の保守点検や電波環境の観測を行うために作られたスペクトラムアナライザである。屋外で利用するためバッテリ駆動であり、人が手に持って移動しながら利用するため小型・軽量になっている。

図16. ポータブル型のスペクトラムアナライザ MS2090A

図16. ポータブル型のスペクトラムアナライザ MS2090A(アンリツ)

提供:アンリツ

最近ではノートパソコンやタブレットとUSBケーブルで接続して使う操作パネルのないスペクトラムアナライザが登場してきている。スペクトラムアナライザ本体がコンパクトになるため持ち運びしやすくなるメリットがある。

図17. タブレットと組合せて使うUSB接続されたスペクトラムアナライザ MS2760A

図17. タブレットと組合せて使うUSB接続されたスペクトラムアナライザ MS2760A(アンリツ)

提供:アンリツ

モジュール型

モジュール型のスペクトラムアナライザはイーサネット経由の制御を行う遠隔監視に使われる。顧客の使い方に合わせた製品の提供となるため形状は異なる。屋外設置のモジュール型スペクトラムアナライザは長期に渡って厳しい環境で使われるため、耐環境性能が優れた製品となっている。

モジュール型スペクトラムアナライザは主に電波環境や通信設備の常時監視に使われる。

図18. モジュール型スペクトラムアナライザ MS27102A

図18. モジュール型スペクトラムアナライザ MS27102A(アンリツ)

提供:アンリツ

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