デジタルマルチメータの基礎と概要 (第2回) 「DMMの原理、AD変換方式、ノイズの影響」
エンジニアにとって、いちばん身近でポピュラーな測定器のひとつは、DMM※1やマルチメータ、テスタなどと呼ばれているデジタルマルチメータでしょう。実験ベンチには必ず1台は在って、電圧や抵抗のちょっとしたチェックに使われます。受配電設備の現場でも、なくてはならない測定器のひとつです。この記事では、マルチメータが歩んできた歴史、動作原理、測定機能と確度仕様、使用上の注意、安全規格などについて、なるべく平易に4回にわたって解説していきます。
※1 DMM:Digital Multi Meterの略称で、読みはディーエムエム
デジタルマルチメータの基礎と概要(第1回) DMMの歴史と変遷
デジタルマルチメータの基礎と概要(第3回) DMM測定機能と確度仕様
デジタルマルチメータの基礎と概要(第4回) DMM使用上の注意と安全規格、精度維持管理
DMMの原理、AD変換方式、ノイズの影響
図1は、DMMの基本回路構成を簡易的に示したものです。マルチメータはその名前の由来通りマルチの測定機能を持っていますので、入力部にはDCV(直流電圧)の高電圧測定のためのアッテネータ(分圧抵抗)、レンジングアンプ、Ω(抵抗)測定のための定電流発生器、ACV(交流電圧)測定のための実効値変換(AC-DC変換)回路、電流(DCI/ACI)測定のためのI-V変換回路(シャント抵抗)などが用意されています。
ベンチトップタイプはインタフェースを介してPCなどと接続されることもありますので、機器の間でコモン電位が共通となり、測定系に影響を及ぼします。入力部とデジタル回路はフォトカップラなどで絶縁してこれを防ぎます。ハンドヘルドタイプでもこの構成は基本的に変わりありませんが、バッテリ駆動のため絶縁が不要ですから、よりコンパクトにするための集積回路化が進んでいます。
図1. デジタルマルチメータ(DMM)の原理図
DMMのAD変換器方式で大半を占めていると思われる、デュアルスロープ(2重積分)方式のブロック図を図2に示します。
まずスイッチSWを一定時間(Tx)だけ被測定電圧Ex(ここでは負の電圧)側に倒します。この間、被測定入力電圧に比例した電流-Ex/Rが容量Cに流れ込み積分されますので、-TxEx/RCの電圧がコンパレータに出力されます。Tx後に基準電圧Er側にスイッチが切り替わり、同時に計数カウンタがクロックパルスの計数を開始します。この間、積分器にEr/Rの電流が流れ込みます。いっぽうコンパレータは積分器出力がゼロになるタイミングを検出することで、計数カウンタで時間Trを求めます。結果、測定したいExは次の関係式で表現できます。
TxEx/RC=TrEr/RC すなわち、Ex=TrEr/Tx
被測定電圧を積分する時間Txと基準電圧Erは既知ですから、被測定電圧はTrを求めることで得られます。
この方式の利点は、回路図に見られる積分器の定数R、C、クロック周波数fなどのパラメータの変動が、測定結果を求める関係式には現れないということです。すなわち、回路パラメータのずれは2重積分することで打ち消される仕組みです。いっぽうで、測定結果に直接影響を与えるパラメータは基準電圧Erで、安定度が求められます。桁数の多い高分解能・高精度のDMMなどでは、ツェナーダイオードを恒温されたボックス内におさめ、安定化することもあります。積分型のAD変換器のもうひとつの特長は、被測定電圧の入力端子に乗ってくる電源ノイズを積分することで、除去できることです。被測定入力電圧の積分時間Txを電源周波数の整数倍に選んでやれば、重畳した+-成分が相殺され、このノーマルモードノイズが除去されます。除去の割合をノーマルモード除去比(NMRR:Normal Mode Noise Rejection Ratio)といい、dB単位で表します。積分時間Txは、50Hz/60Hzの周期20ms/16.7msに合わせて決められるか、その両方に適合するよう両者の整数倍の100msが設定されます。図2下右図は、積分時間Txを100msにした時、50Hzの電源ノイズが5サイクル(5PLC:Power Line Cycle)分重畳し、積分されたイメージを描いています。
図2. デュアルスロープ積分方式AD変換器の原理
以上は、デュアルスロープ方式のAD変換器についてですが、これを発展させ、高分解能化したマルチスロープ方式のものも考案されています。また、横河メータ&インスツルメンツ では独自の帰還形PWM方式のAD変換器を開発し、自社のDMMに採用してきました。その原理図を図3に示します。詳しい原理解説は、参考資料1)に譲りますが、次式の関係が成り立ち、被測定電圧ExはT2-T1を求めれば得られることになります。
Ex=Es(T2-T1)/T
帰還形PWM方式といっても積分型のAD変換器に変わりはなく、積分定数(R、C)やクロック電圧(±Ec)の影響を受けません。負帰還によってパルス幅変調が高精度、高安定化されるため、コンパレータの不感帯電圧が影響しないところがこの方式の特筆すべき点です。
図3. 帰還形PWM方式AD変換器の原理図
出典: 横河電機 総合カタログ解説
DMMとノイズの影響
以上、DMMのAD変換器について書きましたが、ここでもう少し詳しくDMMのノイズの影響について触れます。
先に触れたノーマルモードノイズはディファレンシャルノイズとも呼ばれ、図4のようにDMMの入力端子Hi-Lo間の信号に重畳するノイズです。いっぽう、DMMには、もうひとつ別の、グラウンドと二つの端子との間に共通して加わるコモンモードノイズ(図5)があります。
図4. ノーマルモードノイズ
図5. コモンモードノイズ
コモンモードノイズは、リード線抵抗や入力2端子の接地インピーダンスの不平衡により、ノーマルモード電圧に変換され、入力に加わります。コモンモードノイズは、先述のNMRR効果やDMM内部回路のシールド設計で除去されます。NMRR同様、除去比をコモンモードノイズ除去比(CMRR)と呼びます。NMRRは、積分時間によっても効果が異なりますが、先に紹介した34465Aの仕様では、積分時間1PLC(50Hz/60Hzで20ms/16.7ms)でNMRRは60dB、CMRRは140dBです。つまり、ノーマルモードノイズの電圧は10の3乗の減衰比、コモンモードノイズは10の7乗の減衰比をもって除去されることになります。
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