電気測定器を基礎から学ぶ (第4回)
<連載記事一覧>
第1回:「はじめに」「電気測定器の歴史」「測定法の理解」「測定単位の話」「日本での電気測定器業界」
第2回:「デジタルマルチメータとは」「デジタルマルチメータの周辺ツール」「デジタルマルチメータを使うときの注意点」
第3回:「波形を測る測定器とは」「デジタルオシロスコープの構造」「オシロスコープを安全に使うために」
第4回:「オシロスコープ用プローブとは」「10:1受動プローブ」「AC/DC電流プローブ」「高電圧差動プローブ」
第5回:「測定器の校正の必要性」「トレーサビリティ体系の仕組み」「校正の種類」「電気測定器の長期使用」「校正事業者の仕事」「連載記事の終わりに」
オシロスコープ用プローブとは
オシロスコープと一緒に使われるプローブについては大学や高等専門学校での学校教育のなかではあまり教えていない。しかし安全かつ正しく測定をするにはプローブの基礎知識を持つ必要がある。すべてのプローブについて解説はできないが、代表的な10:1受動(パッシブ)プローブ、電流プローブ、高電圧差動プローブについて解説を行う。
オシロスコープに限らず測定器で電気現象を測定する場合は接触もしくは非接触で信号源と測定器を接続することが必要となる。信号源にとっては測定器が負荷となるため、信号のレベルや波形などが変化することがある。そのため測定器では可能な限り信号源にとって波形に影響する負荷とならない仕組みを持っている。
測定器を測定対象に接続した場合の影響を判り易く直流で説明する。下図では測定器の入力抵抗が1MΩの場合と10MΩの場合を考える。測定対象の信号源の出力抵抗が10kΩの場合は測定器が示す電圧は0.990Vと0.999Vの違いとなるが(図43の上)、信号源の出力抵抗が1MΩの場合は0.500Vと0.909Vと大きな違いが生じる(図43の下)。測定器の入力抵抗が小さいということは測定対象から多くのエネルギーを吸い取っていることを意味する。これによって測定対象の状態が変化して正しい観測が難しくなる。

図43. 直流で考えた場合の入力抵抗の違いの影響
例えばオシロスコープでもっともよく使われる受動プローブを例に仕組みを説明する。直接信号源にケーブルで接続した場合と10:1受動プローブを使った場合の回路は下図に示すような違いがある。

図44. 直接信号源に接続した場合と10:1受動プローブの回路
信号源に直接シールドケーブルを介してオシロスコープに接続するとケーブルの容量が影響するので周波数帯域は制限される。10:1受動プローブでは入力抵抗が10MΩになる代わりに信号の感度が1/10となるが、ケーブルの容量の影響が少なくなるため周波数帯域への影響はなくなる。
オシロスコープのプローブには10:1と1:1(信号源への直接接続)が切り替えることができるものがある。プローブの仕様の違いから判る通り、高周波領域では10:1の設定をしないと信号源にとってプローブが大きな負荷となり正しい波形観測がされない。低周波ではプローブが負荷となりにくいのでプローブによる信号の減衰がない1:1が使われる。

図45. 10:1と1:1(直接接続)の切り替えができる受動プローブの仕様(テクトロニクス P2220)
プローブの種類
オシロスコープに接続できるプローブは受動プローブ以外に下図に示すように測定対象に合わせてさまざまな製品が用意されている。アクティブに分類されるプローブは駆動するための電源をオシロスコープ本体もしくは外部から供給する必要がある。

図46. オシロスコープに接続されるプローブ一覧
オシロスコープに接続可能なプローブ種類はプローブの仕様書に書かれているので、波形観測をする前に確認する必要がある。
メーカごとに異なるプローブインタフェース
古いオシロスコープでは入力端子がBNCコネクタであった。現在でもエントリークラスのオシロスコープはBNCコネクタであるが、さまざまなプローブを接続して使うオシロスコープではメーカごとに専用のプローブインタフェースを用意している。同じメーカでも複数のプローブインタフェースがあるので注意が必要である。
例えば下図に示すテクトロニクスが使っているプローブインタフェースを使えば、プローブの情報を自動的に読み取ることや、プローブへの電源供給などがプローブ接続だけで行える。

図47. さまざまなプローブインタフェース(テクトロニクスの事例)
最近のプローブインタフェースはオシロスコープの利用者にとって便利なものであるが、測定器メーカ各社はそれぞれ独自のプローブインタフェースとなっているためオシロスコープメーカを選択する場合は注意が必要である。
10:1受動プローブ
オシロスコープで最もよく使われるのが10:1受動プローブである。ほとんどのオシロスコープでは10:1受動プローブはオシロスコープ本体に添付されている。ここでは10:1プローブを使う際の解説を行う。
10:1受動プローブの組み立て
オシロスコープ本体を購入すると10:1プローブが分解された状態となっているため、下図に示すようにそれぞれの部品を組み立てる。

図48. 受動プローブの組み立て(テクトロニクス TPP0100/TPP0200)
受動プローブを使って高い周波数成分を持つ波形を観測する場合はグランド・リードのインダクタンスの影響により波形が歪むため、グランド・リードの代わりにプローブに付属するグランド・スプリングを下図に示すようにプローブ本体に取り付ける。これによりグランド線は短くなりインダクタンスの影響は小さくなる。

図49. グランド・スプリングの取り付け(テクトロニクス TPP0100/TPP0200)
10:1受動プローブの調整
10:1受動プローブを使って正確な波形観測をするには使用する前に位相調整を行う必要がある。位相調整は下図に示すように10:1受動プローブの先端をオシロスコープにあるプローブ補正信号端子に接続して行う。位相調整には絶縁ドライバを使ってオシロスコープに表示される波形を正しい状態になるようにする。

図50. 受動プローブの位相調整
10:1受動プローブの最大入力電圧の確認
10:1受動プローブを使って安全に電圧信号の測定を行うには仕様に定められている最大電圧を超えて使わないようにする。下記の10:1受動プローブでは300Vrmsを超えない範囲で使うことが要求されている。

図51. 10:1受動プローブに表示されている最大入力電圧(テクトロニクス TPP0100 )
10:1受動プローブの周波数ディレーティング
10:1受動プローブの最大電圧は周波数によって低下する。下図に示すように10:1受動プローブの仕様には入力される信号周波数と最大入力電圧の関係が示されているので、高い周波数を含む信号を観測する場合は事前に確認する必要がある。

図52. 10:1受動プローブの最大入力電圧の周波数ディレーティング(テクトロニクス TPP0100)
上記のグラフから判るようにTPP0100の仕様に記載されている最大入力電圧300Vrmsは3MHzまでとなっていることが判る。100MHzの信号での最大入力電圧は9Vrmsとなる。
10:1受動プローブを保管する時の注意
10:1受動プローブに使われているケーブルの芯線は細い電線であるため、ケーブルに無理な力が加わると断線することがあるので丁寧に取り扱う必要がある。保管する場合は下図に示すようにケーブルを巻いて袋に入れて保管するようにする。

図53. 10:1受動プローブを保管する時のケーブルの巻き方
また、プローブ本体にはグランド・スプリング、カラーバンド、調整用絶縁ドライバが同梱されているので紛失しないようにプローブごとに袋に入れて保管するのが望ましい。
AC/DC電流プローブ
オシロスコープは電圧波形に次いで多いのが電流プローブを使っての電流波形の観測である。電流波形を観測するためには電流信号を検出するセンサが用いられる。下図には測定で用いられる電流センサを示す。多くのオシロスコープの電流プローブに使われているのがホール素子を用いた磁気平衡電流センサを使ったAC/DC電流プローブである。

図54. 測定器で使われるさまざまな電流センサ
さまざまな電流測定に使われるさまざまな電流センサの特長は下表に示す。
長所 | 欠点 | |
---|---|---|
熱電対サーマルコンバータ |
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シャント抵抗 |
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カレントトランス |
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ロゴスキーコイル |
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磁気比例電流センサ |
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磁気平衡電流センサ(ホール素子) |
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磁気平衡電流センサ(フラックスゲート) |
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ファラデー効果電流センサ |
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電流センサについて詳しく知りたい場合は下記の雑誌に特集記事として解説がされている。
トランジスタ技術2021年9月号 電流を正しく測る技術
https://toragi.cqpub.co.jp/magazine/202109/
AC/DC電流プローブの構造
ホール素子を使った磁気平衡式電流センサは直流から高周波までの電流信号を電圧信号に変換することができるので、オシロスコープの電流プローブとしてよく使われる。
ホール素子を使った磁気平衡式電流センサはアンプがセンサに組み込まれているため、駆動するための電源を外部から供給する必要がある。

図55. ホール素子を使った磁気平衡式電流センサの構造
実際のオシロスコープ用AC/DC電流センサの写真は下図のような形状をしている。この電流プローブはプローブインタフェースから駆動用電源が供給される仕組みとなっている。使い易くするために磁気コアは2分割できるようになっており、容易に電流プローブを電線に取り付けることができる。

図56. 実際の50MHz 20Arms AC/DC電流プローブ(テクトロニクス TCP0020)
AC/DC電流プローブを安全に使うには
AC/DC電流プローブは磁気コアを使っているため巻き線による損失(銅損)とコア材による損失(鉄損=ヒステリシス損+渦電流損)があり発熱が生じる。電流信号の周波数が高くなるとヒステリシス損が大きくなり発熱が増えるため仕様に周波数ディレーティングが示されている。
下図に実際の周波数ディレーティングを示す。

図57. 50MHz 20Arms AC/DC電流プローブの周波数ディレーティング(テクトロニクス TCP0020)
規定された電流上限を守らない場合は発熱によって人がやけどをする場合がある。また過熱によってAC/DC電流プローブが破損する場合があるので注意が必要である。
高電圧差動プローブ
メカトロニクス機器やパワーエレクトロニクス機器ではコモンモード電圧(測定する2点間に重畳する同相の電圧)を持った高電圧の測定を行うため高電圧差動プローブをよく使う。ここでは高電圧差動プローブの概要と取り扱いの注意を解説する。
高電圧差動プローブの機能
高電圧差動プローブの内部には入力された2つの信号の引き算をする差動増幅器が組み込まれている。例えば下図のようにコモンモードノイズ信号が観測したい信号に重畳しているような場合は高電圧差動プローブを用いればコモンモードノイズ信号の影響を受けないで波形観測ができる。

図58. コモンモードノイズが重畳した信号を高電圧差動プローブで観測
高電圧差動プローブは2つの入力端子の入力インピーダンスは高いため、受動プローブによる波形観測では危険があるコンセントの波形を観測することができる。
【ミニ解説】低電圧差動プローブ
デジタル回路では情報のシリアル伝送を行う場合はコモンモードノイズの影響を受けないように差動伝送が行われる。シリアル伝送の波形を観測する場合は低電圧差動プローブが使われる。

図59. 低電圧差動プローブ(テクトロニクス TDP1000)
テクトロニクスの200MHz帯域のベーシックなオシロスコープTBS2000の推奨アクセサリとなっている高電圧差動プローブと低電圧差動プローブの仕様の比較を下表に示す。
型名 | 周波数帯域幅 | 差動入力電圧レンジ | ||
---|---|---|---|---|
高電圧差動プローブ | THDP0200 | 150Vレンジ | DC~160MHz | 150V(DC+ピークAC) 100Vrms |
1500Vレンジ | DC~200MHz | 1,500V(DC+ピークAC) 1000Vrms |
||
THDP0100 | 600Vレンジ | DC~100MHz | 600V(DC+ピークAC) 450Vrms |
|
6000Vレンジ | DC~100MHz | 6,000V(DC+ピークAC) 3000Vrms |
||
低電圧差動プローブ | TDP0500 | DC~500 MHz | ±42V(DC+ピークAC)、30Vrms |
低電圧差動プローブは広帯域ではあるが、入力できる電圧範囲は小さくなっている。また静電気など高い電圧が入力端子に印加されるとプローブを破損する可能性があるので慎重に取り扱う必要がある。
高速の差動通信線などの波形を観測する低電圧差動プローブには数十GHz帯域の製品もある。
広帯域プローブ(低電圧プローブ)の中ではTDP0500の42Vは高電圧のため「高電圧差動プローブ」と呼称することもある。ただし、一般に高電圧プローブは数百V以上のため「低電圧差動プローブ」といえる。低電圧差動プローブは測定器メーカによって差動プローブや差動アクティブプローブと呼んでいる。いずれも差動伝送を行う高速通信線の低電圧の信号波形を観測するために作られた差動プローブである。
高電圧差動プローブを安全に使うには
高電圧差動プローブを使う場合は破損を防ぐため製品仕様やプローブのパネルに表示されている電圧を超えて印加されないことを確認する。

図60. 高電圧差動プローブに印加できる電圧(テクトロニクス THDP0200)
高電圧差動プローブにおいても周波数ディレーティングは仕様に書かれているので、高い周波数の信号の波形を観測する時は注意が必要である。
【ミニ解説】受動プローブとオシロスコープの組み合わせ
オシロスコープを作る測定器メーカからは数多くのプローブが販売されているが、オシロスコープ本体が使用を推奨しているプローブがあるので事前に組み合わせを確認する必要がある。
下表はテクトロニクスの代表的なオシロスコープと受動プローブの関係を示したものである。
オシロスコープのシリーズ名 | ||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
オシロスコープ本体の周波数帯域 | 50MHz ~ 200MHz |
70MHz ~ 200MHz |
70MHz ~ 500MHz |
100MHz ~ 1GHz |
200MHz ~ 1.5GHz |
350MHz ~ 2GHz |
1GHz ~ 10GHz |
100MHz ~ 1GHz |
200MHz ~ 1GHz |
|||||
プローブ 型名 |
減衰比 | 周波数 帯域 |
入力インピー ダンス |
最大電圧 | プローブ インタ フェース |
TBS1000 C | TBS2000 B | 2シリーズ MSO | 3シリーズ MDO | 4シリーズB MSO | 5シリーズB MSO | 6シリーズB MSO | MDO3000 | MDO4000 C |
TPP0051 | 10:01 | 50MHz | 10MΩ || 12pF | 300Vrms CAT II | BNC | ○ | ○ | ○ | ||||||
TPP0101 | 10:01 | 100MHz | 10MΩ || 12pF | 300Vrms CAT II | BNC | ○ | ○ | ○ | ||||||
TPP0100 | 10:01 | 100MHz | 10MΩ || 12pF | 300Vrms CAT II | BNC | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | ○ | ||||
TPP0200 | 10:01 | 200MHz | 10MΩ || 12pF | 300Vrms CAT II | BNC | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | ○ | ||||
TPP0201 | 10:01 | 200MHz | 10MΩ || 12pF | 300Vrms CAT II | BNC | ○ | ○ | ○ | ||||||
P2220 | 10:01 | 200MHz | 10MΩ || 17pF | 300Vrms CAT II | BNC | ○ | ○ | ○ | ||||||
1:01 | 6MHz | 1MΩ || 110pF | 150Vrms CAT II | |||||||||||
P2221 | 10:01 | 200MHz | 10MΩ || 17pF | 300Vrms CAT II | BNC | ◎ | ○ | ○ | ○ | ○ | ||||
1:01 | 6MHz | 1MΩ || 110pF | 150Vrms CAT II | |||||||||||
P6101B | 1:01 | 15MHz | 1MΩ || 100pF | 300Vrms CAT II | BNC | ◎ | ○ | ◎ | ○ | ○ | ||||
P3010 | 10:01 | 100MHz | 10MΩ || 13pF | 300Vrms CAT II | TekProbe LEVEL1 |
◎ | ○ | ○ | ||||||
TPP0250 | 10:01 | 250MHz | 10MΩ || 3.9pF | 300Vrms CAT II | TekVPI キー付き |
◎ | ◎ | ○ | ○ | |||||
TPP0502 | 2:01 | 500MHz | 2MΩ || 12.7pF | 300Vrms CAT II | TekVPI キー付き |
◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | |||
TPP0500B | 10:01 | 500MHz | 10MΩ || 3.9pF | 300Vrms CAT II | TekVPI キー付き |
◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ||||
P6139B | 10:01 | 500MHz | 10MΩ || 8pF | 300Vrms CAT II | TekProbe LEVEL1 |
○ | ◎ | ○ | ○ | |||||
TPP1000 | 10:01 | 1GHz | 10MΩ || 3.9pF | 300Vrms CAT II | TekVPI キー付き |
◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
注1)◎はオシロスコープ本体のデータシートに推奨となっているプローブ
注2)〇は推奨プローブではないがプローブのホームページに使用可能になっているプローブ
オシロスコープ本体が推奨していないプローブで波形観測は可能であるが、周波数特性が保証されていないので正確な波形観測が必要な場合はオシロスコープ本体とプローブの組み合わせに注意が必要である。
執筆:魚住 智彦 測定器メーカに長年勤務して、現在は測定器の解説記事を執筆している