電気測定器を基礎から学ぶ (第3回)
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波形を測る測定器とは
日本では中学校1年生で音の波形について学ぶときから現象の変化を波形として理解することが始まる。中学校2年生になると直流と交流を学びそこではオシロスコープによって電気信号を観測することを学ぶようになる。中学校で学ぶ内容はNHKが公開している下記の短い動画から知ることができる。
音の決まりは…(中学生向け、NHK for School)
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005301180_00000
直流と交流の違い(中学生向け、NHK for School)
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005301548_00000
今回は電気現象の波形観測を行い際に最もよく使われるデジタルオシロスコープについて解説を行う。
まずデジタルオシロスコープが普及するまでの歴史から解説する。
機械式の波形測定器
真空管やトランジスタといった電子部品が使われていなかった時代から波形観測はされていた。交流発電機によって作られた電気が送電されたときの波形のひずみを見たいという要求や音声や振動の波形を見たいという要求を満たすために機械式の波形測定器が作られた。
電気計器(メータ)と同じ原理で電気信号によって指針が振れるという原理を使った電磁オシログラフである。その基本原理は1893年にフランスの物理学者アンドレ・ブロンデル(Andre-Eugene Blondel、1863年~1938年)によって考案され、その後イギリスの物理学者であり電気技術者であるウィリアム・ダッデル(William Du Bois Duddell、1872年~1917年)によって実用化された。構造は下図に示すように指針の代わりに鏡と光を使い、感光フィルムや感光紙に記録する仕組みである。機械式の波形測定器のため観測できる現象の周波数は数kHz程度までであったが、1980年代まで機械装置や電力設備の挙動や振動の観測に使われていた。

図31. 電磁オシログラフの構造
出展:1924年開発の電磁型オッシログラフとその応用(松本栄寿、中川脩一、電気学会電気技術史研究資料、2020年2月20日)
電磁オシログラフの歴史的な価値を電気学会が評価して、横河電機が1927年に製品化した「電磁型オッシログラフ」を社会の発展に貢献し歴史的に記念されるものとして、2021年に「電気の礎」に顕彰した。詳しくは下記のホームページに解説されている。
アナログオシロスコープ
機械的な仕組みで電気現象の波形を観測する仕組みでは高い周波数の波形を観測することはできなかったので、ブラウン管と電子回路を用いたアナログオシロスコープが作られた。アナログオシロスコープは1931年にアメリカのGeneral Radio社が本体とディスプレイが分離された強制同期式オシロスコープ「535-A」を発売したことにより普及が始まった。第二次世界大戦後の1947年にテクトロニクスがトリガ掃引式オシロスコープ「511」を製品化したことによって現在の使い易いオシロスコープの原型が出来上がった。日本では岩崎通信機が1954年にトリガ掃引式オシロスコープ「SS-751」を開発した。
トリガ掃引式アナログオシロスコープの構造は下図のようになっている。

図32. トリガ掃引式アナログオシロスコープの構造
アナログオシロスコープに使われているブラウン管は中学校2年生の理科で学ぶクルックス管と同じ原理で動作する真空管である。中学校で学ぶクルックス管の実験は下記の動画で見ることができる。
マイナスの電気を帯びた粒 電子(中学生向け、NHK for School)
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005401467_00000&p=box
アナログオシロスコープはデジタルオシロスコープが普及するまでは電子回路の波形観測に使われていたが、波形の記録はブラウン管の範囲でしかなく、また観測結果は人が目で見るしかできずデータとして使うことできない欠点があった。また単発現象を観測するには特殊なアナログオシロスコープが必要であったことも課題であった。そのためデジタルオシロスコープが登場すると短い期間でアナログオシロスコープはデジタルオシロスコープに置き換わっていった。

図33. 広く普及したポータブル型のアナログオシロスコープ(テクトロニクス 2465)
デジタルオシロスコープ
1980年代以降になると高速A/D変換器が作られるようになったことと、高速デジタル信号処理が可能なLSIや大容量メモリが登場したことによってデジタルオシロスコープは急速に進化していった。デジタルオシロスコープは「メモリの取り込んだ波形をデータとして使えること、波形の記録長は搭載したメモリの容量で決まるため単発現象を長時間連続して記録ができること、高速デジタル信号処理によって複雑なトリガを実現できること」が特徴となり現在は幅広い分野の波形観測に使われている。
【コラム】デジタルオシロスコープの登場には日本人が関わっている
デジタルオシロスコープの起源にはさまざまな見方はあるが、A/D変換した波形データをコンピュータによって加工して利用者にとって見やすい表現ができる測定器と定義するとテクトロニクスが1973年に開発した下図のデジタルオシロスコープが世界初となる。このオシロスコープを開発したのは広島県呉市出身の日本人でオレゴン州立大学を卒業したのちに1959年からアメリカのテクトロニクスに勤務したHiro Moriyasu(1935年~2005年)である。

図34. 1973年に発売された黎明期のデジタルオシロスコープ(テクトロニクス社)
出展:IEEE spectrum誌 1974年3月号に掲載されたテクトロニクス社の広告
Hiro Moriyasu のテクトロニクスでの業績やエピソードはテクトロニクスの歴史を紹介する博物館「vintageTEK museum」のホームページに紹介されている。
Hiro Moriyasu
https://vintagetek.org/hiro-moriyasu/
最近のデジタルオシロスコープは信号波形を観測するだけではなく、さまざまな解析を行って使用者が信号の特長を容易に把握することや、通信信号の波形から情報を読み出す機能まで持つようになった。またオシロスコープに入力できる信号の数は増えてきて8入力のオシロスコープが登場してきた。そのため表示画面は大きくなり、さまざまな設定操作を容易にするためにタッチパネルが採用されるようになってきた。

図35. 最近の高機能なデジタルオシロスコープ(テクトロニクス 5シリーズB)
デジタルオシロスコープの構造
デジタルオシロスコープ本体の構造や操作の基本について解説を行う。オシロスコープの使い方の詳しい説明をした資料は多くあるので今回の解説では省略する。
デジタルオシロスコープの外観
オシロスコープの外観は測定器メーカによって多少異なるが基本は同じであるため、機種を変えても基本機能はすぐに使えるようになる。下図にベーシックなオシロスコープのパネルを紹介する。

図36. ベーシックなデジタルオシロスコープの主なパネル機能(テクトロニクス TBS2000B)
前面パネルには「電圧感度など電圧軸の設定を行うキー、時間軸の設定を行うキー、トリガの設定を行うキー」がある。背面パネルにはPCと通信を行うポートや電源コネクタがある。
デジタルオシロスコープの基本構造
デジタルオシロスコープの基本構造はトリガ掃引式のアナログオシロスコープの構造を引き継いでいる。アナログオシロスコープでは波形を記録するのと波形を表示するのがブラウン管であったが、デジタルオシロスコープではA/D変換器で情報化された波形データはメモリに記録され、観測結果は必要な部分だけが液晶パネルに表示されるためアナログオシロスコープに比べて使い勝手はよくなっている。
デジタルオシロスコープのメモリに記録する波形データが多くなると画面に表示するための演算処理を行うデータ量が多くなり、スムーズな操作性が難しくなる。初期のデジタルオシロスコープでは波形画像をCPUとソフトウェアによって生成していたが、最近のデジタルオシロスコープでは操作性をよくするために波形画像を生成する演算を専用の高速画像処理DSP(Digital Signal Processor)で行っている。
下図にはデジタルオシロスコープの基本構造を示す。最近のデジタルオシロスコープではトリガ回路によってトリガ点を検出するのではなく、A/D変換した波形データからデジタル信号処理によってトリガ点を検出する仕組みを持っているオシロスコープがある。

図37. デジタルオシロスコープの基本構造
デジタルオシロスコープにはアナログ波形のみを入力するモデルとアナログ波形と複数ビットのデジタル信号を同時に入力できるモデルがある。アナログ波形とデジタル信号を同時観測できるデジタルオシロスコープをミックスド・シグナル・オシロスコープという。
デジタルオシロスコープの基本操作
デジタルオシロスコープの基本操作はトリガ掃引式のアナログオシロスコープとほぼ同じである。エッジトリガを使って波形観測をする操作手順はおおよそ次の通りである。
- 入力のカップリング(DCもしくはAC)の設定
- 電圧感度と電圧オフセットの電圧軸の設定
- 時間軸の設定
- トリガの種類とトリガレベル/トリガスロープの設定
- トリガポジションの設定
単純な波形であれば前面パネルにあるAUTO設定キーを押すだけで波形を画面に最適な状態で表示させることができる。
単発信号測定ではサンプリングレートとメモリ長の設定を行う。最近のデジタルオシロスコープは大容量の波形メモリが搭載されているため、高い周波数分解能で長い期間の単発波形観測ができる。
最近の組込み装置のデバッグに適したデジタルオシロスコープでは下図に示すように豊富なトリガ機能が用意されている。観測したい波形によって使用するトリガが異なるので取り扱い説明書を読んで機能を理解する必要がある。

図38. 組込み機器のデバッグに適したデジタルオシロスコープのトリガ機能(テクトロニクス 2シリーズMSO)
出2シリーズMSOのデータ・シートより作成
I2Cシリアルバストリガ/解析機能を持っているテクトロニクスの2シリーズMSOオシロスコープを使ってI2Cバスの挙動を観測すると下図のように表示される。波形とデータが同時に表示されるため効率的な組込みソフトウェアのデバッグができるようになる。

図39. シリアルバストリガ/解析機能を持つデジタルオシロスコープでの観測結果の表示
周波数帯域別のオシロスコープの分類
オシロスコープを選ぶ際には周波数帯域から機種の選定をするのが望ましい。市場では多くのオシロスコープが販売されているが、おおよそ下表のような分類ができる。
周波数帯域 | 主な用途 | 利用が多い分野 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
研究開発 | 設計 | 保守 | 教育 | ホビー | ||
~500MHz | メカトロ/パワエレ制御回路 | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ |
500MHz~2GHz | 一般的なアナログ/デジタル回路 | ○ | ○ | |||
2GHz~8GHz | 高速通信インターフェース回路 | ○ | ○ | |||
8GHZ~ | 超高速電気/光通信回路 | ○ |
500MHz帯域以下のオシロスコープは多くの測定器メーカから販売されており、多くのプローブが用意され幅広い用途で使われている。500MHz~2GHz帯域のオシロスコープは電子回路基板の波形観測をする場合によく使われるオシロスコープである。2GHz帯域以上のオシロスコープは通信信号の波形や半導体の挙動などを観測するのに使われる。
オシロスコープを安全に使うために
入力端子が絶縁されていないオシロスコープを使って信号の波形を安全に観測するための解説を行う。
安全のための接地
交流電源で駆動する装置を使う場合には安全のため人が感電しないようにしなければならない。感電は人の体内に電流が流れることによって生じる。下表に示すように流れる電流の大きさによっては重大な事故になることがある。特に高電圧を取り扱う場合には注意が必要となる。
電流値 | 人体への影響 |
---|---|
0.5mA~1mA |
|
5mA |
|
10~20mA |
|
50mA |
|
100mA |
|
出展:厚生労働省 職場のあんぜんサイト 安全衛生キーワード 感電
下図に示すように配電されている交流電源に接続された機器が漏電した場合に接地が取られていない場合は人が感電する。洗濯機などは水を使うため漏電した場合に危険があるので、取り扱い説明書には接地を取って使うよう勧めている。

図40. 機器の漏電による感電を防ぐための接地
オシロスコープでは入力BNC端子の外側の金属がケースにつながっているので、感電しないように注意が必要である。また多くの測定器は外部ノイズの影響を少なくするためにもケースを接地して使うことが勧められている。測定器の多くは3ピンコンセントを使うようになっており、3ピンプラグを利用すれば接地は取ることができる。
コモンモード電圧が印加した信号の波形観測
オシロスコープ本体に添付されている受動プローブのグランド・リードはオシロスコープのケースに接続されるようになっている。コモンモード電圧を持った信号源に受動プローブを接地していないオシロスコープに接続した場合はケースがコモンモード電圧と同じになる。人がケースの金属部分に触れたときは感電する危険があるので注意が必要となる。
例えば下図に示すように接地されていないオシロスコープを使って交流電源のコンセントのL(ライブ)側に受動プローブのグランド・リードを接続した場合は人がオシロスコープのケースの金属部分に触れると感電する。

図41. 受動プローブを使ってコンセントの交流波形を観測した時の感電の危険性
また、オシロスコープが接地されていた場合はコモンモード電圧が配線によって直接接地されるため、受動プローブやオシロスコープ本体の破損が生じる危険がある。このため受動プローブ1本を使ってコモンモード電圧を持った信号源を観測してはならない。
最大入力電圧の確認
オシロスコープにプローブを使わないでケーブルだけを使って直接信号を入力する際には最大入力電圧を超えないことを確認する必要がある。オシロスコープに直接入力できる最大電圧は取扱説明書に記載された仕様およびオシロスコープ本体のパネルに表示されている。

図42. オシロスコープの本体に示されている最大入力電圧
【解説資料の紹介】 オシロスコープを学ぶためのメーカが作成した解説資料や書籍
オシロスコープは学校での実験から企業や大学での研究/開発/設計まで幅広い分野で多くの人が使う測定器であるため、測定器メーカはさまざまな解説資料を用意してオシロスコープの利用者に提供している。入門者向けに測定器メーカが用意した主な解説資料を下表に紹介する。これらはインターネットからダウンロードして閲覧することができる。
また、デジタルオシロスコープを理解するための書籍も販売されている。
表12. デジタルオシロスコープを理解するための解説書
オシロスコープ メーカ |
解説文書の名称 | 形式 |
---|---|---|
テクトロニクス | オシロスコープのすべて | 読み物 |
プローブ入門 | 読み物 | |
プローブで失敗しないためのオシロスコープ応用講座 | 読み物 | |
トリガ入門 | 読み物 | |
キーサイト・テクノロジー | オシロスコープ評価の基礎 | 読み物 |
信号が目に見えるまで オシロスコープのプローブを デバイスに接続すると何が起こるか? |
読み物 | |
テレダイン・レクロイ | デジタル・オシロスコープ入門 | プレゼン |
プローブ入門 | プレゼン | |
ローデ・シュワルツ | オシロスコープの基礎 - 概要から機能紹介まで | プレゼン |
オシロスコーププローブの基礎 プローブテクニック編 | 読み物 |
書籍名 | 著者 | 出版社 | 発行年 |
---|---|---|---|
改訂新版 ディジタル・オシロスコープ実践活用法 | 天野 典 | CQ出版 | 2024年 |
オシロスコープ入門講座 | 小澤智 佐藤健治 長濱龍 |
電波新聞社 | 2005年 |
執筆:魚住 智彦 測定器メーカに長年勤務して、現在は測定器の解説記事を執筆している