電気測定器を基礎から学ぶ (第2回)
<連載記事一覧>
第1回:「はじめに」「電気測定器の歴史」「測定法の理解」「測定単位の話」「日本での電気測定器業界」
第2回:「デジタルマルチメータとは」「デジタルマルチメータの周辺ツール」「デジタルマルチメータを使うときの注意点」
第3回:「波形を測る測定器とは」「デジタルオシロスコープの構造」「オシロスコープを安全に使うために」
第4回:「オシロスコープ用プローブとは」「10:1受動プローブ」「AC/DC電流プローブ」「高電圧差動プローブ」
第5回:「測定器の校正の必要性」「トレーサビリティ体系の仕組み」「校正の種類」「電気測定器の長期使用」「校正事業者の仕事」「連載記事の終わりに」(2025年1月下旬頃予定)
デジタルマルチメータとは
日本では中学校2年生で電圧計や電流計を使った実験によりオームの法則を学ぶ。中学校で学ぶオームの法則はNHKが公開している下記の短い動画から知ることができる。
オームの法則(中学生向け、NHK for School)
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005401295_00000
電気の基礎を学校教育で最初に学ぶときは直流の電圧や電流の測定は直感的に判りやすい指示計器(メータ)が使われる。しかし仕事で直流や交流の電圧値や電流値の測定をする場合はデジタルマルチメータを使うことが一般的になっている。
今回は幅広い分野で最もよく使われるデジタルマルチメータについて解説を行う。
長く使われてきた回路計
1970年代くらいまではデジタルマルチメータは高価であったため、直流電流指示計器(メータ)と簡単な回路によって構成された回路計が広く使われていた。回路計は直流と交流の電圧、抵抗、直流電流の測定ができ、複数の測定レンジを持っているので高精度な測定も可能となっている。回路計はアナログテスター、アナログマルチメータと呼ばれることもある。
回路計の基本構造は下図のようになっている。抵抗測定以外は電池がなくても測定が可能な回路計は軽量であり、指針の振れを見ることによって信号の変化が観測できるため電気工事の現場などでは今でも使われているが、最近ではデジタルマルチメータに置き換わっている。
デジタル電圧計の登場
第二次世界大戦後に真空管やトランジスタが多くの測定器に使われるようになると、電気計器から電子回路で構成された電気測定器に代わっていった。
精密に直流電圧測定を行うときには電位差計が使われていたが、1950年代になると真空管を使った電子回路によるデジタル電圧計が登場して1960年代になるとトランジスタやダイオードなどの半導体を使ったデジタル電圧計の普及が始まった。電位差計を使いこなすには熟練が必要であったが、デジタル電圧計は数字で測定結果が表示され、必要であればプリンタに測定結果を印字できるので普及が進んだ。
デジタル電圧計にプラグインで追加の回路を組み込みことにより直流電圧以外の項目の測定が可能となり、現在のデジタルマルチメータにつながっていく。
デジタルマルチメータへの進化
1988年代になるとデジタルマルチメータの高精度が進み、1988年にはヒューレット・パッカード(現在のキーサイト・テクノロジー)から8.5桁のデジタルマルチメータ3458Aが販売されるようになった。この製品は現在でも販売されており、測定器の校正など高い精度が必要な分野で使われている。
最近のデジタルマルチメータは測定結果を数字で表示するだけではなく、測定対象の挙動を見やすい表現で表示できるようグラフィックディスプレイを持つ製品が登場している。
デジタルマルチメータの外観
デジタルマルチメータは幅広い用途に使われるため、大きく分けて実験室など室内で使われるベンチトップ型と電気工事など屋外でも使われる電池駆動のハンドヘルド型がある。
ベンチトップ型は机の上で使うため見やすい大きな表示と複数のキーが前面パネルに取り付けられている。背面パネルには通信や外部機器との接続に使う端子やデジタルマルチメータを装置に組み込んだ場合に使う背面入力端子がある。
ハンドヘルド型のデジタルマルチメータは片手で持てる大きさのため、現場での使い易さをよくするために古くからある回路計に似た操作体系となっている。ハンドヘルド型の上位機種では測定結果をPCに送る通信機能を持っている。
デジタルマルチメータの基本構造
デジタルマルチメータはコモンモード電圧(測定する2点間に重畳する同相の電圧)を持った信号源の電圧や電流の測定を安全にできるように入力端子は絶縁構造となっている。従って入力端子のH(ハイ)側もL(ロー)側も本体のケースには接続されていない。また入力を絶縁することによってグランドループによるノイズの影響を受けにくくすることができる。
デジタルマルチメータのブロック図は測定項目ごとの入力回路、A/D変換器、絶縁回路、制御回路、表示器によって構成されている。
A/D変換器の理解
A/D変換器は連続して変化する信号をサンプリングによって捕捉したのちに有限の振幅分解能を持った数値にすることである。A/D変換器の機能を展開すると下記のようになる。
測定器に使われるA/D変換器にはさまざまな種類があるが、デジタルマルチメータに使われるA/D変換器は高い分解能が要求されるが、高速に変化する信号の捕捉はあまり要求されない。逆にオシロスコープのような高速に変化する現象を観測する測定器の場合は高い分解能は要求されないが、高速に変化する信号の捕捉は要求される。デジタルマルチメータに使われるA/D変換器はΔΣ(デルタ・シグマ)型A/D変換器や二重積分型A/D変換器である。いっぽうデジタルオシロスコープに使われるA/D変換器はパイプライン型やフラッシュ型である。
【解説文書紹介】
A/D変換器について詳しく知りたい方は電子情報通信学会の「知識ベース」の下記のページには東京工業大学名誉教授の松澤昭氏が執筆した解説文書がある。
知識ベース 10群 集積回路 6編 アナログLSI 4章 A/D変換器
https://www.ieice-hbkb.org/files/ad_base/view_pdf.html?p=/files/10/10gun_06hen_04.pdf
デジタルマルチメータの種類
デジタルマルチメータにはベンチトップ型とハンドヘルド型以外に表示パネルや操作キーがないモジュラー型がある。ベンチトップ型には校正や研究/開発/設計に使われる高精度型から学校教育や生産/保守に使われる低価格型まである。ベンチトップ型の多くは商用交流電源によって駆動され、ラックに組み込んで計測システムの一部として使えるようになっている。
ベンチトップ型とハンドヘルド型では下記に示すように使われる使用場所と用途が異なる。
デジタルマルチメータの特長 | 使用場所 | 使用される用途 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
電気工事 | 設備保守 | 開発・ 設計 | 装置組込み | 校正 | 学校教育 | |||
ハンドヘルド型 | 小型軽量、耐環境性、頑強性 | 屋外・屋内 | ◎ | ◎ | ○ | ○ | ||
ベンチトップ型 | 高精度、高機能、高速測定 | 屋内 | ◎ | ◎ | ◎ | ○ |
ハンドヘルド型はさまざまな要求に最適化しているため製品の品種は多くなっている。また電気工事や設備保守の現場では作業者個人が保有するため、市場規模はベンチトップ型より大きい。下記にはキーサイト・テクノロジーが販売しているハンドヘルド型の製品を示す。機種を選定する場合は使用環境や用途を明確にして最適な製品を選ぶ必要がある。
型名 | 基本性能 | その他の仕様 | 備考 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
カウント 数 |
基本 確度 |
AC 帯域幅 |
測定カテゴリ | 防塵・防水 保護等級 |
動作温度 範囲 |
表示器 | バッテリー 寿命 |
PCとの 有線接続 |
||
U1281A | 60,000 | 0.03% | 30kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-67 | -20℃~55℃ | LCD | 800時間 | IR-USB | |
U1282A | 60,000 | 0.03% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-67 | -20℃~55℃ | LCD | 800時間 | IR-USB | |
U1271A | 30,000 | 0.05% | 20kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-54 | -20℃~55℃ | LCD | 300時間 | IR-USB | 最大100 MΩ |
U1272A | 30,000 | 0.05% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-54 | -20℃~55℃ | LCD | 300時間 | IR-USB | 最大300 MΩ |
U1273A | 30,000 | 0.05% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-54 | -20℃~55℃ | OLED | 100時間 | IR-USB | 最大300 MΩ |
U1273AX | 30,000 | 0.05% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-54 | -40℃~55℃ | OLED | 100時間 | IR-USB | 最大300 MΩ |
U1251B | 50,000 | 0.03% | 30kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
― | -20℃~55℃ | LCD | 72時間 | IR-USB | |
U1252B | 50,000 | 0.03% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
― | -20℃~55℃ | LCD | 36時間 | IR-USB | 方形波出力機能あり |
U1253B | 50,000 | 0.03% | 100kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
― | -20℃~55℃ | OLED | 8時間 | IR-USB | 方形波出力機能あり |
U1241C | 10,000 | 0.09% | 2kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-67 | -20℃~55℃ | LCD | 400時間 | IR-USB | 抵抗1kΩレンジから可能 |
U1242C | 10,000 | 0.09% | 2kHz | CAT III 1000 V CAT IV 600 V |
IP-67 | -20℃~55℃ | LCD | 400時間 | IR-USB | 抵抗100Ωレンジから可能 |
U1231A | 6,000 | 0.50% | 1kHz | CAT Ⅲ 600 V | ― | -10℃~55℃ | LCD | 500時間 | ― | DC/AC電流測定機能なし |
U1232A | 6,000 | 0.50% | 1kHz | CAT Ⅲ 600 V | ― | -10℃~55℃ | LCD | 500時間 | ― | |
U1233A | 6,000 | 0.50% | 1kHz | CAT Ⅲ 600 V | ― | -10℃~55℃ | LCD | 500時間 | ― | 非接触AC電圧検出あり |
IP67は「完全な防塵構造になっており、一時的に水没しても内部に浸水しない」
IP54は「有害な影響があるほど粉塵が内部に入らない、全方向からの水の飛沫による影響はない」
【書籍紹介】 ハンドヘルド型デジタルマルチメータについて解説した書籍
日本でハンドヘルド型マルチメータを生産する共立電気計器と日置電機の社員が電気工事で使う測定器について執筆した書籍がある。この書籍にはハンドヘルド型デジタルマルチメータについての解説が含まれている。
書籍名 | 著者 | 出版社 | 発行年 |
---|---|---|---|
スッキリ!がってん!電気設備系測定器の本 | 髙石 正規 | 電気書院 | 2022年 |
現場がわかる!電気測定入門 -ハカルと学ぼう!測定のキホン- | 宮田 雄作 | オーム社 | 2019年 |
デジタルマルチメータの周辺ツール
デジタルマルチメータを購入するとテストリードが標準で添付されているが、それ以外にさまざまな便利な周辺ツールがあるので紹介する。
テストリードとプローブ
測定対象の形状や測定法に合わせたケーブルを測定器メーカは用意している。下図にはキーサイト・テクノロジーが提供しているテストリードとプローブを示す。
テストリードにはケーブルとチップ(金属製の接触子)やグラバ(信号線を挟んで掴む部品)の最大電圧と最大電流が仕様で規定されているので、使用する前には確認が必要である。例えばキーサイト・テクノロジーの34138A テスト・リード・セットではケーブルは「1000V、15A」であるが、ケーブルの先端に取り付ける精密チップ・プローブ、SMTグラバ、ミニ・グラバは「300V、3A」と仕様に明記されている。
シャント抵抗
デジタルマルチメータ本体だけで測定が可能な最大電流より大きな電流を測定する場合にシャント抵抗をデジタルマルチメータに取り付けて測定を行うことができる。シャント抵抗を使っての電流測定はシャント抵抗に流れる電流により発生する電圧を電流に換算して読み取る。下図はキーサイト・テクノロジーが提供しているシャント抵抗である。
シャント抵抗は測定可能な周波数帯域が限られていることと、測定確度はシャント抵抗に依存することが仕様から判る。
クランプ電流センサ
シャント抵抗を使う場合は電流が流れる電線を切断してシャント抵抗を挿入しなければならないため、電線を切らずに測定をしたいときはクランプ電流センサを利用する。下図は直流電流から測定できるキーサイト・テクノロジーが提供する電池駆動のクランプ電流センサである。
クランプ電流センサは測定可能な周波数帯域が限られていることと、測定確度はクランプ電流センサに依存することを仕様から判る。
クランプ電流センサには交流専用のものがあるので電流センサを選ぶ場合は注意が必要である。
温度プローブ
白金測温抵抗体やサーミスタは温度によって抵抗値が変化する特性がある。デジタルマルチメータの抵抗測定機能を使えば温度測定が可能になる。下図はキーサイト・テクノロジーが提供するサーミスタ温度センサである。
センサの温度測定が可能な範囲は仕様から知る必要がある。また精度よく温度測定をしなければならないときは温度測定の知識が必要となる。温度計測について詳しく知る必要があれば下記の書籍から知識を得ることができる。
【解説書籍紹介】
温度計測 - 基礎と応用 -
計測自動制御学会 温度計測部会 編
2018/02/23発行
https://www.coronasha.co.jp/np/isbn/9784339032260/
デジタルマルチメータを使うときの注意点
デジタルマルチメータは主に直流/交流の電圧と電流および抵抗を幅広い測定レンジで測ることができる。安全に正しく測るための注意点を紹介する。
電流測定端子への誤接続
デジタルマルチメータを破損する最も多い原因は電流測定をする設定で電圧源に誤って接続した場合である。電流測定はデジタルマルチメータの小さな抵抗値のシャント抵抗に電流を流す仕組みになっているため、下図に示すように電圧源から大電流がデジタルマルチメータに流れて、デジタルマルチメータの内部にあるヒューズが溶断して電流測定ができなくなる。
デジタルマルチメータで電圧測定をする場合は接続端子と設定を確認してから行うことが必須である。また誤った操作を行ってヒューズを溶断した場合は取扱説明書に指定されているヒューズと交換することが必要である。
抵抗測定での2線式と4線式
小さな抵抗値の測定では測定対象の抵抗器とデジタルマルチメータの間をつなぐテストリードの影響が誤差要因となる。デジタルマルチメータでは最初にテストリードの抵抗値を測定して、測定対象の抵抗器の測定結果から引き算する方法と測定リードの影響をなくす4線式測定がある。正確な測定を行うには下図に示すようにケルビン・プローブ・セットを使った4線式測定が望ましい。
2端子測定の場合は電流を流す配線と電圧を測定する配線が共通のため測定対象の抵抗器の抵抗値Rsは配線の抵抗(R1+R2)が含まれた状態となる。4端子測定法の場合は測定対象の抵抗器に電流を流す配線と端子間の電圧を測定する配線が異なるため配線による影響が生じない。電圧を測定する端子の入力抵抗は高いので電流はほとんど流れない。
ハンドヘルド型デジタルマルチメータには4端子測定ができる仕組みがないので、抵抗値の小さい抵抗器を測定する場合は最初に配線抵抗を測定して、測定結果から配線抵抗を引いて表示する機能を使う。
交流測定時の平均値整流と実効値整流
交流の電圧および電流の測定をする場合はデジタルマルチメータ内部に組み込まれた整流回路によって交流を直流に変化する仕組みを使う。整流方式には平均値整流と実効値整流がある。安価なデジタルマルチメータでは平均値整流が使われることがある。最近の多くのデジタルマルチメータでは実効値整流が採用されている。
平均値整流と実効値整流の違いは下記に示すとおりである。
平均値測定と実効値測定では波形によって異なる測定結果が得られるので、交流の測定を行う場合はどちらの方式が使われているかを事前に確認する必要がある。
交流信号の測定を正確にする場合はデジタルマルチメータの周波数帯域の仕様に着目する必要がある。周波数帯域以上の成分は測定されないため、歪んだ波形やノイズを含む交流信号を測る場合には注意が必要となる。
測定カテゴリと最大対地電圧
デジタルマルチメータで住宅や工場などに配電された交流電源を測定する場合があるが、測定ができる範囲はIEC61010やJIS C 1010に定められた測定カテゴリ(measurement category)で表現される。
測定カテゴリで設定された番号以下であれば使用は可能である。例えば測定カテゴリⅢ(CATⅢ)のデジタルマルチメータは測定カテゴリⅡ(CATⅡ)の範囲にも使える。また測定カテゴリとともに入力端子の最大対地電圧も示されている。下図に示すようにデジタルマルチメータのパネルには測定カテゴリと最大対地電圧が記載されている。
【コラム】1827年にオームが行った実験
中学校で学ぶオームの法則は、ドイツの物理学者であるゲオルク・ジーモン・オーム(Georg Simon Ohm、1789年~1854年)が1827年に発表した著書「ガルバニ電流回路の数学的研究」に示した。現在では直流電源装置もしくは乾電池、電圧計、電流計、抵抗器で簡単にオームの法則の実験はできるが、当時は下図のような仕組みで実験を行った。
1821年に発見された異なる金属をつないで両端の温度を変えると起電力が発生するというゼーベック効果を使って電流を発生させて、回路の途中に長さや太さの違う銅線(抵抗線)をつなげるようにした。細い金属線で作られた「ねじれ秤」の先に方位磁石を付けた仕組みの直流電流計を電線の途中に組み込んだ。当時すでにボルタ電池は発明されていたが安定した電圧を得るのが難しため、ゼーベック効果を使った電圧源が使われた。
この仕組みを使って銅線(抵抗線)の長さや太さを変えると電流値が変化することをオームの法則として書籍で示した。
オームの法則はゲオルク・ジーモン・オームが書籍で発表する以前にイギリスの化学者のヘンリー・キャヴェンディッシュ(Henry Cavendish、1731年~1810年)によってすでに発見されていたが、発見した時には公表されず、死後に残された実験記録から最初の発見者であったことがのちに判ったという逸話がある。
執筆:魚住 智彦 測定器メーカに長年勤務して、現在は測定器の解説記事を執筆している