ワイドレンジの直流電源、ベンチトップモデルの各社比較
直流安定化電源は電気設計のエンジニアにとって必須の測定器である。電気機器は様々な電圧/電流で駆動されて動作する。そのため小規模な電子回路の実験に使う出力容量300W以下の小型モデルから、パワーエレクトロニクス機器の評価に使うkWクラスの中型・大型モデル、EVの試験に使う100kW以上の超大型モデル(双方向回生電源など)まで※1、多くの電圧/電流レンジの機種群が各計測器メーカから発売されている。
直流電源はドロッパ方式とスイッチング方式があり、用途によって使い分けられている※2。スイッチング方式は1970年代に登場し、高効率と小型軽量から大変普及したが、1990年代にワイドレンジが開発され、いまでは単一レンジよりワイドレンジ(メーカによってオートレンジ、ズーム電源などの呼称がある)が主流になった。本稿では、メーカの実験室で最も使われているベンチトップの中型モデルについて、主要4社のワイドレンジ電源の比較表を作成した。
小型・中型・大型などの容量による区分は計測器メーカにより異なり、明確な定義は無い。
直流安定化電源の種類や基本仕様などは以下の記事が詳しい。
プログラマブル(出力可変型) 直流安定化電源の基礎と概要 (第1回)
ワイドレンジとは
計測用の直流電源はドロッパ方式、スイッチング方式に関わらず、出力できる最大の電圧と電流が決まっていて、たとえば菊水電子工業のPAN35-20Aは電圧を0~35V、電流を0~20Aの範囲で可変できる。つまり35V/20Aレンジの製品である。ほとんどの直流電源が電圧と電流の最大値で規定される単一のレンジを持ち、その範囲内で出力できる。PAN35-20Aの定格出力容量は700W(=35V×20A)である。ユーザが希望するレンジは下から上まで様々なため、計測器メーカは1シリーズで数多くのレンジのモデルを揃えている。PAN-Aシリーズは16V/10A(160W)から600V/2A(1200W)まで350W、700Wモデルも含めて28製品(28通りの電圧/電流レンジの組み合わせ)がある(2023年5月の同社ホームページより)。
図1 PAN16-10A(左)とPAN600-2A

このように多くのレンジがあるのは、ユーザによって使いたいレンジがあり、大は小を兼ねない(大きなレンジのモデルが小さなレンジのモデルの代わりにはならない)ことを意味する。具体的な例で説明する。定格出力電力が800Wの2種類の電源、80V/10Aレンジと10V/80Aレンジの出力範囲は図2である。オレンジ色で囲まれた四角の範囲内の任意の電圧・電流を出力できる。たとえば70V/9Aの電源がほしいときは80V/10Aレンジのモデル(図2の左)が必要だが、10V/60Aを得たいときは10V/80Aモデル(図2の右)になる。どちらの場合も出力はほぼ600Wだが、2台(2種類)の電源を用意しないといけない。
図2 単一レンジの出力範囲の例

もし1台で両方の出力をほしいなら、たとえば80V/80Aレンジの電源(図3の左)を用意すれば良いが、その出力は6400Wで、サイズが大きく価格も高額になり、現実的ではない。また出力を調整する分解能も図2のモデルよりも劣るものとなる。そこで、単一のレンジではなく複数のレンジを持ち、80V/10Aから10V/80Aまで800Wの範囲内で可変できる電源(図3の右)があれば、80V/10Aと10V/80Aの2台ではなく、この1台で済ますことができる。これがワイドレンジ電源である。出力できる範囲は直線と曲線になっている。ワイドレンジ電源の仕様は電圧/電流ではなく出力電力で示される。図3(右)は800Wモデルの例である。800Wモデルにも最大出力電圧と最大出力電流の組み合わせはいくつもある。そのため「800W(80V)モデル」のように電力と電圧を示すことも多い(後段で各社の製品を説明する)。
図3 80V/80Aをカバーする電源の例

計測用電源の老舗、高砂製作所は「一定範囲の中で焦点を合わせられるカメラのズーム機能のように、ある程度の電圧・電流範囲を1台でカバーする広い出力の電源があれば、ユーザは様々なレンジの電源を保有する必要がなく、資産のスリム化、実験環境の効率化、電源の相互融通ができる」、と考えた。1990年代に同社は「ズーム機能がある広出力電源(ズーム電源)」の名称で375W、750W、1500Wモデルを発表した。それまで1シリーズで約100レンジ(100モデル)あったのが、ズーム電源では12モデルに集約されたという。その後、国産の同業他社もワイドレンジの名称で同等製品を発売し、2010年代には各計測電源メーカの売れ筋製品群になった。海外メーカでは「オートレンジ」と呼称しているが、ワイドレンジの呼称が一番多いため、本稿ではズームではなくワイドレンジと呼ぶことにした。
ワイドレンジの電源は電圧/電流レンジが単一(固定)ではないため、国産の電源メーカは出力(W数)を形名にしている。たとえば高砂製作所のZX-S-400は400W、ZX-S-1600は1600Wモデルである。
図4 ZX-S-400LAN(左)とZX-S-1600HAN

主要4社のベンチトップモデル
ワイドレンジを発明した高砂製作所から、一番最近発売したキーサイト・テクノロジーまで、順番に現役モデルのシリーズ名とラインアップ(形名)を示す。各社の製品カタログの表記に倣い、出力電力と出力電圧に対応するモデルの形名を表1から表4にした。国産メーカは出力電力のW数を形名にしているのは前述のとおりだが、出力電圧の低いモデルからL(Low)、M(Middle)、H(High)を形名の最後に付けて区別しているのは、まったく同じ法則で命名している。
定格出力電力 | |||||
---|---|---|---|---|---|
400W | 800W | 1600W | |||
定格出力電圧 | 80V | ZX-S-400L | ZX-S-800L(※) | ZX-S-1600L | |
320V | ZX-S-400M | ZX-S-800M | ZX-S-1600M | ||
640V | ZX-S-400H | ZX-S-800H | ZX-S-1600H |
定格出力電力 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
400W | 800W | 1200W | 2000W | |||
定格出力電圧 | 40V | PWR401L | PWR801L | PWR1201L | PWR2001L | |
80V | PWR401ML | PWR801ML(※) | PWR1201ML | PWR2001ML | ||
240V | PWR401MH | PWR801MH | PWR1201MH | PWR2001MH | ||
650V | PWR401H | PWR801H | PWR1201H | PWR2001H |
前身のPWRシリーズがPWR400Lなどの形名だったのでPWR-01(ゼロワン)シリーズは400を401にして区別している。PWR-01-400Lではない。
定格出力電力 | ||||
---|---|---|---|---|
360W | 720W | 1080W | ||
定格出力電圧 | 30V | PSW-360L30 | PSW-720L30 | PSW-1080L30 |
80V | PSW-360L80 | PSW-720L80(※) | PSW-1080L80 | |
160V | PSW-360M160 | PSW-720M160 | PSW-1080M160 | |
250V | PSW-360M250 | PSW-720M250 | PSW-1080M250 | |
800V | PSW-360H800 | PSW-720H800 | PSW-1080H800 |
定格出力電力 | |||
---|---|---|---|
800W | |||
定格出力電圧 | 30V | E36154A | |
60V | E36155A(※) |
4社の比較
前出の表1~表4で、出力範囲が似ている800W(720W)/80V(60V)のモデル(各表の※印)の比較表をつくった(表5)。各社のモデルには様々な機能があるが、出力、AC入力、通信インタフェースなどの基本的な仕様についてまとめた。各社カタログからの転記ではあるが、ワイドレンジ製品の現役モデルを把握する一助になれば幸いである。
メーカ名 | キーサイト・テクノロジー | 菊水電子工業 | 高砂製作所 | テクシオ・テクノロジー | ||
---|---|---|---|---|---|---|
シリーズ名 | E36150シリーズ | PWR-01シリーズ | ZX-Sシリーズ | PSWシリーズ | ||
発売年月 | 2020年5月 | 2017年6月 | 2016年10月 | 2014年8月 | ||
形名 |
![]() E36155A |
![]() PWR801ML |
![]() ZX-S-800L |
![]() PSW-720L80 |
||
出力範囲 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
||
出力 | チャンネル数 | 1ch | ||||
定格出力電力 | 800W | 800W | 800W | 720W | ||
定格出力電圧/電流 | 60V/40A | 80V/40A(最大出力電圧と最大出力電流は最大出力電力によって制御) | 80V/80A | 80V/27A | ||
負荷変動 (ロードレギュレーション) |
電圧 | ±(出力の0.01%+2mV)以下 | ±10mV(定格出力電圧で、負荷を無負荷→全負荷まで変化させたときの変化量をセンシングポイントで測定) |
±(定格出力電圧の0.01%+3mV)以下 (定格負荷電流の0~100%の変動に対してセンシングポイントで測定) |
45mV | |
電流 | ±(出力の0.1%+2mA)以下 | ±13mA |
±(定格出力電流の0.03%+3mA)以下 (定格出力電流で負荷抵抗を0~定格電力を出力する抵抗値まで変化させたとき) |
32mA | ||
入力電源変動 (ラインレギュレーション) |
電圧 | ±(出力の0.01%+2mV)以下 | ±10mV(85Vac~135Vac、または170Vac~265Vac、一定負荷) |
±(定格出力電圧の0.01%+2mV)以下 (入力電圧の±10%の変動に対して) |
43mV | |
電流 | ±(出力の0.1%+2mA)以下 | ±6mA |
±(定格出力電流の0.03%+2mA)以下 (入力電圧の±10%の変動に対して) |
32mA | ||
リップル(リップルノイズ)電圧 | 約23℃におけるノーマルモード電圧:75mVp-p以下(20Hz~20MHz)、5mVrms以下(20Hz~10MHz) |
50mVp-p(10Hz~20MHz)、 5mVrms(10Hz~1MHz) (JEITA規格 RC-9131Cのプローブで、定格出力電流にて) |
100mVp-p(20Hz~20MHzのオシロスコープにて、TYP値)、 2mVrms(20Hz~1MHzにて) |
80mVp-p、11mVrms | ||
端子の位置 | 前面 | 前面 | 前面 | 背面 | ||
AC入力(単相) | 電圧/周波数範囲 | 〜100〜230 VAC (±10 %)、50/60 Hz | 85~265Vac/47~63Hz | 85~250Vac/45~65Hz | 85~265Vac/47~63Hz | |
電力変換効率 | - | 75%(TYP値、定格出力電流における定格出力電力時) | 75%(入力100V、定格出力電圧、定格出力電力のとき) | 78%(Typ、100V入力時) | ||
力率 | - | 0.99(TYP値、入力100V、定格出力電流における定格出力電力時) | 0.99以上(入力100V、定格出力電力、定格出力電流のとき) | 0.99(Typ、100V入力時) | ||
突入電流 | - | 50A以下 | 20Apeak(定格出力電力、定格出力電圧のとき) | 50A以下 | ||
インタフェース | RS-232C | なし | 標準 | 標準 | オプション | |
LAN | 標準 | 標準 | なし(*) | 標準 | ||
USB | 標準 | 標準 | なし | 標準 | ||
GPIB | オプション | GPIBコンバータ(別売) | なし | オプション | ||
ノイズ対策(電磁適合性/EMC) |
EMC指令2004/108/ECに準拠 IEC 61326-1:2012/EN 61326-1:2013(グループ1 クラスA) |
EMC指令2014/30EUに適合 EN 61326-1(Class A)他 |
- | - | ||
内部抵抗可変機能 | なし | 標準 | なし(**) | 標準 | ||
サイズ | 質量 | 6.64kg | 約5.5kg(本体のみ) | 約8kg | 約5kg | |
寸法(WxHxDmm、突起含まず) | 213x133x359 | 142.5x124x350 | 214.5x130x405 | 142x124x350 | ||
ソフトウェア(オプション)の例 |
PathWave BenchVue 電源アプリケーション BV0003B |
シーケンス作成・制御ソフトウェア SD027-PWR-01(Wavy for PWR-01) |
直流電源コントロールソフトウェア LinkAnyArts-SC ZX LA-2933 |
フリーソフトウェア テストモード用csvファイル送受信アプリ |
2023年4月現在の各社カタログより転記。
* 別モデル(ZX-S-800LN、ZX-S-800LAN)で対応。
** 別モデル(ZX-S-800LA)で対応。
表5の各モデルの出力範囲を重ね示したのが図5である。イメージなので正確なグラフではないが、720~800W/60~80Vのほぼ同等品でも、出力範囲は同じではないことがわかる。単一レンジのモデルは電圧/電流レンジが出力範囲を示しているが、ワイドレンジ製品はカタログなどで確認が必要である。
図5 各モデルの出力範囲イメージ

おわりに
各社のワイドレンジの簡単な特長やラインアップを述べる(2023年4月現在)。キーサイト・テクノロジーのE36150シリーズはラインアップこそ少ないが、電圧・電流測定やオシロスコープのような波形表示など、多機能である。また、別シリーズで2チャンネルのモデルもある。高砂製作所も別モデル、小容量(100W、200W)の「KX-Sシリーズ小型ズームスイッチング電源」がある。菊水電子工業はラック組み込み用途の1U薄型のPWXシリーズがある。テクシオ・テクノロジーは自然空調で静音だったり、ドロッパ方式とハイブリッドにしたワイドレンジのシリーズがある。
今回はベンチトップの800Wクラスを比較したが、出力範囲以外に通信インタフェースやアプリケーションソフトウェアなど、ユーザ自身の使い方を勘案してモデルを選定することが肝要と思われる。
- 参考記事
- 直流電源
- 【展示会レポート】菊水電子工業のPWR-01シリーズ(会員専用)
- 【展示会レポート】テクシオ・テクノロジーのPSWシリーズ(会員専用)
- 高砂製作所の回生型双方向電源